NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信91号(2017年3月号)

                                                                 ごあいさつ                            

                          理事長 金 治 憲

   桜の開花宣言は出たものの、まだまだ寒い日が続いています。

先日、真夏のケニアから戻って来たところです。出発の日は大変寒い日で、寒さも底だろうと言われていたので、戻って来る頃には少しは暖かくなっているだろうと期待していたのですが、どうして、どうして、冷たい風に吹かれ、さらに寒く感じる日もありました。

皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

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            点字プリンター『TP32』のこと

 今号では、まず、あいか通信点字版をお読みくださっている皆さまにお詫び申し上げます。

先号(90号)制作中、さて点字印刷を、と始めたのですがプリンターがウンともスンともいいません。このところ調子良かったのですが、以前も、こんな時には一日おいてやり直すと、なんてことなく動き出すこともあったのです。しかし、この時ばかりは何回かやり直しても相変わらず動きません。仕方なく、以前修理に来てくれたこのプリンター設計者ご本人へ電話したのですが繋がりません。あの当時、かなりお歳だったので、もう仕事を止められたのかも知れません。

 それからは、プリンター製作会社、点訳ソフト制作会社と、あちこち電話のやり取りが続き、話がプリンターとパソコンを繋ぐケーブルに及んできた最中、

 「あのう、もしもし、うちの社長がずっとこの間のやり取りをきいていて言ってるんですが、買い替えられた方がいいと・・・」

 「はあ・・・ちなみに、お値段はいくらくらいするのでしょう?」

「96万です」

イヤイヤ、とんでもない話です。

 ということで、もっと安価で使い勝手のよいものを、と探し始め、やっと30万円弱で、机に乗せて操作できるコンパクトなプリンターを見つけました。これは注文を受けて作り始めるので、手元に届くのは3週間後になるとのこと。デモに持参された機械も既に買い手が決まっているものでした。このまま機械が出来るのを待っていたのでは、ケニア行きに掛って発送は4月になってしまいます。そこで、注文した機械は必ず買い取るという約束をして、この機械製作会社に印刷してもらったものを皆さまにお送りした次第です。

 今まで、働いてきた機械『TP32』は、2007年、板橋区三療師会から中古を譲っていただいたのでした。それから10年間、大きな重い体で、大きな音をたてて気まぐれに頑張ってくれました。印字の際は、毎回、スタートの瞬間を、固唾を飲んで見守ったものです。今となっては、なくてはならない相棒だったとの感を強くしています。10年間、ありがとう。

 

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          ケニアで結婚披露パーティに 

                         事務局 森山

 今回、ケニア滞在中に、昨年来お世話になっているゴビさんから、お嬢さんの結婚披露パーティに招待され、ピーター・キムさんの車でナイロビ郊外の高級住宅地と言われるカレン地区にあるカレン・ブリクセン・ハウスに行って来ました。

 30分位で着く予定だったのですが、会場はカレン・ブリクセン博物館、と言われていたので道行く人に博物館を尋ねながら行ったのですが、着いてみるとホテルだったり、コーヒーハウスだったり、カレンの名を冠した建物が複数あるのです。道路に面した表示には博物館とは書かれてなかったので、すっかり迷って50分位遅れて到着しました。そこはかつてカレンが住んだ場所で住居が博物館になっていました。

カレン・ブリクセンはデンマークの作家、1914年~1931年、ケニアに移住し、コーヒー農園を経営。そして帰国後、本格的に作家活動に入りケニアでの日々を綴った『アフリカの日々』(アイザック・ディネーセンという筆名で)を

発表。後に『愛と哀しみの果て』というタイトルで映画になりました。

 パーティは、野外で、カレン・ブリクセン・ハウスの広大な敷地にテントを張って行われていました。着飾った大勢の人々とステージの音楽とで大変な賑わいです。いったい何人の人がいたのやら、300人?400人?

 新郎新婦のテントは直ぐにわかりました。繫がったテントにゴビさんの姿を見つけ、ご夫妻にご挨拶して新郎新婦に紹介され、傍のテントに案内されました。今は食事時間のようです。昼食後直ぐに出てきた私たちはお腹いっぱいです。果物だけを少しいただきながら、周囲をじっくり観察しました。

 正方形の黄色いテントがいくつも連なって大きな長方形になり、中庭のようになった空間の真ん中に、もうひとつテントが張られてウェディングケーキだけが鎮座しています。いくらテントの下とはいえ赤道直下、真夏の炎天下で大丈夫かなあ、と心配になります。

 食事もひと通り終わったらしく、セレモニーが始まりました。まずは新郎新婦を中心に中庭の真ん中に新郎の関係者が集まり、お祝いの言葉が、両親はじめ、親族、友人から贈られました。そして最後に同じ部族の人たちでしょうか、立ってきた人たちが誰からともなく歌い始めました。幾すじもの流れが一つの川となって流れて行くような力強い、見事なハーモニーです。ケニアの人たちの合唱にはいつも感動してしまいます。

 次は新婦の関係者が席を立ち始めました。私たちが座って眺めていると、ゴビさんが私たちにも来て欲しいと仰るので言われるままに中庭に並びました。新郎と同様、両親からのお祝いの言葉、続く親族は言葉と共に贈り物を渡し始めました。最初に贈られたのは、1冊の、家庭用でしょうか、大きな聖書でした。「これからいろんなことがあるでしょうが、そんな時にはこれを開いて、良い答えを見つけなさい」 というようなことを言って新婦に手渡しました。何故か私には一番印象深く残りました。次に印象的だったのは、サイザルで編んだ大きな籠と木を彫って作られた大きなスプーンでした。きっと伝統的な贈り物でそれなりの歴史があるのでしょう。

 そしてそれも終わり、はぁ・・・なんて熱いんだ・・・これで、テントに戻れるかなあ、と思った時、マイクの前にゴビさんが進み出て、

 「今日、ここに遠い日本からのお客さんが来てくれています。一言お願いしたい」と、突然キムさんにスピーチが振られました。

え~~っ!! 仕方なくマイクの前に、キムさんを押しやりました。

 「えー、下手な英語で申訳ありませんが・・・・・・。結婚生活というのは実に困難なものでして・・・・・・「ドキッ! キムさん!まず“おめでとう”は?」・・・・・一人だった私は今では10人の家族です。一人は男の子、二人は女の子、と三人の孫に恵まれ、幸せです」

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            世界はほんとに狭かった

 ホッとして席に戻り、ケーキカットなど見守っていると一人の女性がキムさんの隣に来て話しかけてきました。キムさんはひどく驚いています。聞いてみると、なんと23年前、タンザニアにいた日本留学を希望している青年を訪ねて、初めてアフリカに来た時、ケニア視覚障害者の現状をも知りたいとKSB(Kenya Society for the blind : ケニア盲人協会)を訪ねた、その時、所長秘書をしていたキマシさんだというのです。しかも、さらに驚いたことに、キマシさんはゴビさんの奥さまのお姉さんだとのこと。今は定年退職して、老人ホームでヴォランティアをしていると。話していると、もう一人若い女性がやって来ました。当時4・5才だったお嬢さんで、キムさんに生まれて初めてアイスクリームをご馳走になり、その冷たさに目を白黒させたそうです。今では、2児の母親だとのこと。

  本当に驚きました。まるで突然の災難のように振られてきたスピーチのおかげで、キマシさん母娘と23年ぶりに再会出来たのですから。

 キムさんのスピーチがなければ、隣のテントにいても気が付かなかったことでしょう。まさに、『真実は小説より奇なり』そして『世間は狭い』!!