NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信89号(2016年11月号)

           雨、雨、雨 のナイロビでした

                          理事長 金 治憲

 皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。

 先月11月17日、日本を発って翌日午後2時半、小雨のナイロビに到着しました。席を立って荷物を降ろしている間に、気が付くと外は真っ暗、突然の土砂降りです。これではタラップを降り、バスに乗り込むまでにずぶ濡れになってしまいます。どうしたものかと思いましたが、幸いにも私たちは、車椅子の家族と共にリフトで降ろされ、濡れることなく空港ビルに入ることができました。

 入国手続きを終えてタクシーに乗る頃には、さっきの土砂降りがウソのように、真っ青な空に真っ白な雲が輝いて太陽はジリジリ照り付けていました。

 相変わらず・・・いや、来る度にひどくなっているような気がします・・・の渋滞で、アイン・ゲストハウスまでスムーズに走ると40分足らずのところ1時間半かかって到着しました。

 ケニアはこの時期、小雨季と言われていますが、今までこんなに多くはなかったとのこと。夜中と夕方になると、まるで約束していたように降りました。昼間も長くは続かないのですが降りました。時には土砂降りです。そして寒いのです。

ナイロビ在住の人たちは、誰もが「気候が変わってしまった」と言っていました。私も1994年のケニア初訪問以来、初めて長袖で過ごしました。同行の森山さんはもともと寒がりです、

「持ってきたもの全部重ねて着てます。なかなか珍奇な格好よ」と言っていましたが、どんなことになっているのでしょう。

それでも、昼間、車に乗っている時などいったん陽がさすと、途端に暑くなり、埃や排気ガスで窓も開けられず、クーラーのないタクシーは結構辛いです。

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               KISEとの話合い

 いよいよKISE訪問の日、明け方から土砂降りです。 8時半、出発の頃は雨も上がってホッとしたのですが、案の定、通訳を頼んだフィリさんから、渋滞で遅れるとの連絡です。時間は余裕をもって設定していましたが、雨上がりで見えない人が一人で歩ける状態ではありません。森山さんがハーリンガムのバス停まで迎えに行ったのですが、なかなか戻ってきません。フィリさんが間違えて一つ手前のバス停で降りてしまったとのこと。彼女が歩いて来る人に、一つ先のバス停に日本人の女性がいなかったかと聞くと、確かにいた、と来た道をフィリさんと一緒に戻ってくれてやっと会えた、と2人が戻ってきました。親切なケニア人です。約束の時間に‘遅れる’と心配する私に、フィリさんは、

 「先生、相手はケニア人でしょ、大丈夫!!」と落着いたものです。いやはやフィリさんも立派なケニア人だった、と思い至りました。

 肝心な話合いは、まず前回2016年6月の会議録の訂正からです。

 KISEには、ハリの授業もやって欲しいという根強い要求があるようで、将来的にディプロマ・コースででもそこまで指導出来たらどんなに良いかとは思うのですが、現状では、特に短期コースでは、そこまでは無理です。前からそう説明してあるにもかかわらず、事あるごとにハリが書面に出てくるのです。あらためて意見交換しながら確認し直しました。そしてサーティフィケイト・コース・カリキュラムのうち、ICAが担当する各科目についての教案を提示しました。これを基に、後日KISEの教案と合わせて、KISEのあん摩・指圧サーティフィケイト・コース教案として作成されます。

 最後に、サーティフィケイト・コースの開講スケジュール、そこに

照準を合わせた準備スケジュールなど話合いました。

 滞在中、KISEとは2度の話合いを持ったのですが、2度目の話合いも終わり近く、5時頃になると外がだんだん暗くなり雨が降り始めました。終わって帰ろうと部屋から出た時には冷たい風、真っ暗な空、雷、バケツをひっくり返したような土砂降り。屋根のある通路も歩けません。滞在中に経験した最も激しい風雨でした。仕方なく全員また部屋に戻り、風雨が弱まるのを待ちました。

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             JICAケニア事務所を訪問

 3年ぶりくらいでしょうか、久しぶりにJICAを訪問しました。この事業がここまで続けられたのも、皆さまの長きにわたるご支援に加えて、2度の「草の根協力支援型」の委託を受けられたことが大きいと思うのです。資金や様々な活動の場面でもずいぶん助かりました。この「草の根協力支援型」には3度目の応募は出来ないという決まりがありました。 

 そしてもう一つ、さらに予算規模の大きな「草の根協力パートナー型」というものもあります。支援型は、3年間であるのに比べてこのパートナー型は、5年間。当然、その分審査も厳しいものです。さらに、JICAからの委託を受けてこの事業を進めたいと思えば、このパートナー型に応募して厳しい審査を通るしかないと思っていました。しかし、今までの活動と違って、今度は相手もあることであり、申請書類の中の事業予定表ひとつとってみても、5年間の詳細を作るのは現段階では不確定要素が多すぎます。それでも、ICAのような団体が、現地で何を目標に、どんな活動をしているのか、ということを、話だけでも聴いてもらいたいと思って訪問したのですが、思わぬ収穫がありました。

 JICAとしてどんなお手伝いができるかというところですが・・・と丁寧に対応してくださった所長さん、次長さんと草の根技術協力の話をしているうちに、ICAが2度委託を受けて実施した支援型が3回目まで応募できることに変更されていることがわかりました。3回目の応募をして、申請が通るかどうかはわかりませんが貴重なチャンスです。やれることはやっておきたい、と思います。

 もう一つ、嬉しかったことは、キシというナイロビからバスで7時間ほどの所にある、シクリ盲聾職業訓練センターに派遣されたという青年海外協力隊員の石島雄太さんに会いたいと思っていたところ、たまたまナイロビに来る用事があるとのことで、その日、アインまで来てくれて、話しができたことです。

 彼は、本来、マチャコス校のあん摩・指圧コース4代目の講師として派遣されるはずだったのですが、マチャコスは危険、ということで今はシクリに、初代講師として派遣されているということでした。マチャコス校に講師として隊員を派遣するのは4代目までで終わりだと言われていたので、彼がマチャコス校4代目であったなら、彼が最後の講師となってしまうところでした。

 シクリでは、今年1月あん摩指圧コースが開講されたとのこと。2006年、マチャコス校のあん摩指圧コース開講を実現された、当時のサヤ校長が後にシクリへ転任となり、シクリでもあん摩指圧コースを開講され、そこに石島さんが派遣されたという訳です。彼の任期は一応、来年の9月ということですが、JICAが、彼をシクリの初代と数えてくれたので、3代目までは続けて派遣されるでしょうとのこと。これで、ケニアでのあん摩・指圧の技術指導は少なくとも後6年間続くということです。ホッとしました。嬉しいことです。

 サヤ先生は、あん摩指圧で自立できる障害者を一人でも多くと頑張っていらっしゃるんだなあと思いました。石島さんも大変な頑張りようで、素晴らしいコンビだ、と思ったのですが、なんとも残念なことに、サヤ先生は、また転任となってシクリを去られたということでした。

 いつも私の電話ではサヤ先生に繋がらず、人の電話を借りて掛けるような有様だったのですが不思議なことに今回初めて、私の電話で1回で繋がりました。KISEとの話が進んでいることを報告すると、大変喜んでくれました。私の方も大いに力づけられました。

 

  ***********年末ご寄付のお願い************

 あっと言う間の一年で、また年末ご寄付をお願いする時季が巡って来ました。

心苦しくはありますが、勝手ながら振込用紙を同封させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします。皆さまお元気でよい新年をお迎えくださいますよう。