NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信84号 (2016年1月号)

       遅ればせながら 新年のお慶び申し上げます

                           理事長 金 治 憲

 暖冬と言われた今年も、お正月の東京は穏やかな晴天続きでしたが、皆さまの所ではいかがだったでしょう。

 しかしやっぱり冬は確実にやって来ました。積もった雪と、凍りついた歩道は、私たち視覚障害者にとっても大きな障害です。皆さま大丈夫でしたか? 天気予報によるとこの寒さは来週まで続くようですが、過ぎれは春がやってきます。乗り切っていきましょう。

 前号で年末のご寄付をお願いしましたところ、厳しくなっていく一方の経済状況にもかかわらず、暖かいご厚志をお送りくださり、心より感謝申し上げます。

 さて、私事で恐縮ですが、先日子どもたちが私の古稀の祝いをしてくれました。振り返ってみますと、48年前一人で日本に来たのですが、今では3家族、総勢10人となりました。

 祝いの席で長男に、「一言・・・」と言われ、喋っているうちに、家族の反対を押し切って玄界灘を渡って来た時のことが走馬灯のように頭をよぎり思わず目頭が熱くなりました。

 本当に時が経つのは早いものです。皆さまのご支援を受けながら始めたケニアでの事業も20年を越えました。遅遅とした歩みながら受講生たちと共に、この20年自立を目指してこられたのも、皆さまのご支援の賜物です。

 そしてケニアでもまた、ケニア在住の日本人、ICAの常宿アイン・ゲスト・ハウスの韓国人オーナーご夫妻、彼らを通して知り合った方々、アインでたびたび顔を合わせる宿泊客の方々に様々な面で協力していただいています。

 今回(2015年11月)の訪問でも、大きな課題であるKISEにあん摩の指導者養成コースを開設する件で、教育省のアシスタント・ダイレクター(日本で言えば文科省のお役人で管理職に当たる方でしょうか)のアチャーさんを紹介され、アインで、この件について話すことができました。

 この件について言えば、一番積極的に進めたいという希望を持っておられたKISEの副所長、マーガレットさんが、向こう3年間ノルウェーで実施されるプロジェクトに参加されることになって昨年3月から不在となり、後任担当者も決められていたのですが、カリキュラム検討まで進んだ後、全く進展していません。

 今までも、いくつかの教育機関や教育関係者とも会ってきましたが、この間の経験から言うと、正直なところケニア人を相手に何かを前進させようというのは、なかなか困難なことと感じています。

 しかし、ここで諦めるわけにはいきません。大事なチャンスです。ICAが目指すところと、今までやってきたこと、そこで達成できたことなど話しました。

 じっと耳を傾けていたアチャーさんは、素晴らしいことだが、それにはかなりの時間がかかるだろう、が、自分としては最善を尽くしたいと言ってくれました。そして、自分は日本の豊橋科学技術大学に留学経験がある、また、中国にも居たことがあり、“あんも”(と中国語の発音でした)治療を受けたことがあるが、それは、今の話のあん摩のことか? 友人もそこで治療を受けた時に体の悪いところを指摘され、後で西洋医学の病院に行ったら、やはり同じように言われたので驚いた、という話をされました。

 最後に、その週の土曜日の午後、あん摩のデモンストレーションをするので時間があったら来て自分で体験し、受講生たちに会って欲しい旨を伝えると、その前日まで出張でナイロビにはいないが、当日の朝8時には到着するはず、行きましょう、とのこと。朝8時まで機内というのは、体力的に厳しいなあ・・・いずれにしてもケニア人の約束だ、と私は全く期待していなかったのです。 

 ところが、当日、準備の時間を取って30分ほど早く会場に着いて駐車場を出ようとするとアチャーさんに声をかけられました。それがアチャーさんだとわかった瞬間、うれしさが込み上げてきました。夜行で帰って来て疲れているにもかかわらず、来てくれたのです。

 彼は、自分のあん摩が終わると、セラピストとしてそこにいる受講生たち一人一人にインタヴューして帰っていきました。また彼との話合いを続けて、良い結果がだせるように努力していきたいと思いました。

 

 

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  ビトリスさんの治療を受けるアチャーさん(大きな縞柄のシャツの男性)

 

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       ⑩  ケニアの日常生活 続(78号に続く)

                             山平 健人

 また、ナクマット(スーパーマーケット)に行くと、まずカバンなどの荷物を預け、預けた荷物の番号札を受け取ります。荷物は店から出た後に番号札と引き換えに戻してもらえます。今でもこの方式が採用されているのかは分かりませんが、最初はこの方式で自分の荷物を預けることが物凄く不安でした。ただ、私の滞在中に預けた荷物が戻ってこなかったり、中身が無くなっていたりすることは一度としてありませんでした。 荷物を預けて大丈夫か?と疑った自分が恥ずかしくなった体験です。そもそもどこの国であっても、大多数の人は善良な市民であり、ごく一部の心無い人たちのためにその国のイメージが出来てしまっているということが、少なからずあると思います。百聞は一見にしかずと言いますが、実際に現地に行き、自分の目で現実を見ること、自分の五感で現実を体験することの大切さを痛感しました。

(現在、ナクマットのような大きなスーパーマーケットや、ショッピングモールなどでは、入場時に一人づつ、金属探知器のようなものを全身に当てて検査をしています。さらに手荷物は開けて中を見ます。したがって荷物を預けることはありません。)

 さて、調査したわけではありませんので根拠はありませんが、ナクマットのようなお店で買い物をするのは、おそらくケニアでもある程度裕福な家庭の人たちだということは想像できます。都会の場合、住宅地は区画ごとに区切られており、ある程度のレベルになると、区画が高い壁で区切られており、その区画に入るためにはガードマンのいる門から入場しないと入られないようになっていました。またマンションなども全て敷地は壁で仕切られており、敷地内に入るにはガードマンがいる入口を通る必要がありました。ナクマットなどのお店に来る人は、基本的にそのような壁で区切られた住宅に住んでいる人だと思います。そのような住宅以外は全てとは言いませんが、ほぼスラムに近いような住環境だったと思います。

 

 

                            次号につづく