NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信77号 (2014年11月号) 

            ケニアの障害者の光となれ

                             理事長 金治憲 

 朝晩日に日に寒くなって参りました。間もなく師走というのに、意味不明の国会解散、師走には総選挙、しかも700億円もかけてというのですから、いやはや、先の見えない日々が続いています。せめて新年くらいは心安らかに迎えたいものですが・・・。

 今回は11月15日から2週間のケニア訪問を予定していたのですが、ナイロビでは、外務省の海外安全情報で危険度レベルが1段階引上げられ、人の集まる場所へはなるべく行かないように、行く用事は短時間で済ませるように、との勧告が出ています。これではケニア訪問の大きな目的であったあん摩デモンストレーションは中止せざるを得ません。それに加えて、アフリカ西部のエボラ出血熱も未だ終息せず、ICAとしては、デモンストレーション以外の大きな継続課題も抱えたまま、ケニア訪問は状況を見ながら延期しています。

 そんな中、11月1日嬉しいニュースが入りました。ケニアのジェンガ君からのメールです。彼はケニアの講習の度に通訳として手伝ってくれていたのですが、この11月1日付でWard Administrator in the Service of Kiambu County Government(彼の故郷Kiambu郡の区行政官とでもいうのでしょうか)に採用されたという内容でした。

 実は、昨年12月2日に採用のための面接を受けたのですが、その後今年に入って 2月、5月のケニア訪問時に結果はどうだったかと訊く度に、まだ連絡が無いというので、私は、ダメだったのだろうなあ、と半ばあきらめていたのです。それがなんと11ヵ月後に採用の連絡が来たというのですから、ビックリするやら嬉しいやらです。彼自身、家族にとってもどんなに嬉しいことだったでしょう!

 ケニアは何でも“ポレポレ”(ゆっくり、のんびり)の国ではありますが、採用試験に応募してその後、音沙汰も無く11ヵ月も経って採用通知が来るなんて日本ではちょっと考えられません。

 いずれにしても、障害者福祉のために力を注ぎたいという全盲の彼が、役所の行政官として採用されたということは、画期的なことと言えるでしょう。また、彼自身にとっても、これは、大きな第一歩です。活躍を期待したいものです。

次回の訪問で直接話し合えることを楽しみにしています。

 

さて、先日、支援者の方々から、メールやお手紙で、あいか通信76号『ノルウェー王国を訪ねて』のご感想をいただきました。ありがとうございました。

その中から、東京在住のIさんからのお手紙を掲載させていただきます。

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 11月に入り朝夕寒くなって参りました。

 金さんご夫妻にはお変わりなくご活躍のことと存じ上げます。おかげ様で私どもも無事に暮らしております。

 『ノルウェー王国を訪ねて』を拝読し大変感激しました。先ずノルウェー行きを決めるまでの奥さまとの会話は目に見えるようで、ご主人の希望に従った奥さまは立派だと感心しました。

 初めてのノルウェー訪問で、乗物の乗換えやいろいろな手続きなど困難なことを次々とこなされていく様子が金さんの文章から楽しく伝わって来て一緒にその場にいるような気分になりました。何処へ行かれても視覚障害者について知りたい、会いたいというご夫妻の行動に深い感銘を受けました。

 油田の収入でGDPが世界第二位ということや、国土に比べて人口が少ないことも初めて学びました。しかし、視覚障害のある人が職業に就けないというか、障害者の働くところが殆どない状態ということには、ほんとうに驚きました。生活費は支給されても仕事ができないのは、どんなにか辛く寂しいことだろうと考えてしまいました。

 金さんが永い間、アジア・アフリカなど各国を訪ねては障害者の自立のために指導してこられたことを心から尊敬しております。奥様の協力の賜と思います。

 もっと早くお手紙を書くつもりでしたが、姉(92歳)の入院や、自分も風邪をひいたりして、気にしながら遅くなってしまいました。姉も元気になりホッとしています。高齢のため手の指が固くなり、このような乱筆ですみません。

 『ノルウェー王国を訪ねて』何度も拝読し楽しい時を持ちました。大変遅くなりましたが感動を戴き、お礼申し上げます。

 ご夫妻のご健勝をお祈りいたします。            

かしこ

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 単に見たまま、聞いたままの旅の報告でしたが、過ぎたお褒めを戴き、恐縮しました。でも、何よりもまず楽しんでくださったとのことが大変嬉しく、また元気づけられました。ありがとうございました。

 

 また今月は、年末ご寄付をお願いする時期になりました。

当面の消費税引上げは、先延ばしされたものの私たちの厳しい状況は変わりません。このような状況下で心苦しい限りですが、敢えてお願い申し上げます。一人でも多くの皆さまからご支援いただければ幸いです。

 勝手ではありますが、郵便振替用紙を同封させていただきました。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 少々早いですが、今号が今年最後の通信です。皆さま、くれぐれもお元気で良い新年をお迎えくださいますようお祈りいたします。

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        ⑨ ボランティア活動 3 IMCU

                            山平 健人

 マラリアにかかり、休養が必要ということで、体力を使う農業調査はやめた方が良いということになり、一旦ナイロビに引き上げることになりました。無念のリタイアです…。

 ただ、このリタイアが私のケニアでの活動のターニングポイントになろうとは、この時は思ってもみませんでした。またあのナンパみたいな仕事探しが始まるのだろうか?と不安に思っていました(笑)。

 しかし、ナイロビに引き上げた際に、偶然私よりも少し早くケニア入りしていた二人の日本人の女の子たちも、ナイロビに帰ってきており、たまたま知り合ったという、現地で活動しているIMCU(International Medical Collaboration Unit)という日本のNGOの宮田さんという方を紹介してくれました。この出会いは私にとって大変大きな出会いになりました。IMCUは、子供を中心に、貧困により十分な医療を受けられない人たちに、医療サービスを提供している日本のNGOです。宮田さんはその現地調整員でした。そして、何と宮田さんと私は同郷だったのです。そんなことで話も盛り上がり、宮田さんのご厚意で、IMCUで活動させてもらえることになったのでした。

 IMCUの活動場所はスラムです。ケニア各地から働き口を求めてナイロビに出てきたのは良いけれども、住む場所がない人たちが集まって出来たのがスラムです。初めてケニアに来た際に、絶対に一人でスラムには行くな、と念を押されたくらいの場所です。実際にスラムの中はまず衛生的な問題があり、次に治安の問題があります。問題がありますというよりも、問題だらけなのです。密集したトタンや泥で作られた家の間の細い道は、ゴミで出来ているのかというくらい、ゴミがあふれています。川には汚泥がたまり、排せつ物が混じった水が流れており、その川になぜか豚やヤギがいたりします。

 実は私は行くなと言われていたスラムに、ケニアに来て早々に一人で行ったことがありました。ちょうどホームステイ先の近くにキベラというケニア最大のスラムがあり、たまたま近くを通った時に、本当に親切なネルソンという青年が、この辺りは危ないから自分が家の近くまで送ってやろうと声をかけてくれました。そのネルソンはキベラスラムに住んでいて、次に会ったときに、家に来てみないかと誘ってくれたのでした。ネルソンは色々とスラムの中を案内してくれ、自分の家に私を招待してくれました。彼には奥さんと子供がおり、スラムの中でも自分は幸せに暮らしていると話していました。ただ、いつかはスラムを出て、立派な家に住みたいと話してくれました。彼の案内のお蔭で、私は危ない目に合うこともなく、スラムの中を歩くことが出来ました。ただ、ネルソンの家で出された紅茶は、本当に申し訳ないと思いつつ、飲むことが出来ませんでした…。たぶん、飲まなくて正解だったのだと思います(笑)。

 さて、IMCUの活動に話を戻します。IMCUは主にスラムに住んでいて、十分な医療を受けられない子供たちを中心に、医療サービスを提供しています。また、親に対して育児相談なども実施していました。私の役目は、IMCUの診療所(主に学校を利用)に来る人たちの受付でした。名前と年齢、どこから来たのかを聞いて、問診票のベースを作るという仕事です。単純作業ではありましたが、色々な子供と話をするので、スワヒリ語の勉強にもなりました。

 子供たちの状態や背景は様々で、ここでもやはり、母親がエイズになってしまい、父親が家を捨ててしまったために、スラムで何とか生活しているという家族もいました。改めて、エイズ問題の深刻さを思い知らされる出来事でした。

 

次号 ⑩ ケニアの日常生活 へつづく  お楽しみに。