NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信76号(2014年9月号)

             ノルウェー王国を訪ねて

                                金治憲 

 例年になく水害や土砂崩れなど災害の多い暑い夏でした。突然秋がやってきたという感じでしたが、皆さまお変わりなかったでしょうか? 

 ケニアでの事業については、今のところ、とりたてて皆さまにお伝えするような進展もなく、そこで、私ごとで恐縮ですが、夏休みの私の体験を記すことにします。ご感想などいただければうれしいです。

 暑さ真っ盛りのある日、溜まったメールの中に航空券安売りメールがありました。ケニア訪問の際にいつも使っているカタール航空のものです。カタール航空の羽田就航を記念してとのこと。北欧往復がたったの45,000円というのです。しかも夏休み期間に使える。今までにかなり多くの国を訪問しましたが、北欧には行ったことがありません。こんな安い切符を逃す手はない。何としても妻にその気になってもらわねば・・・と思いながら帰宅しました。

「そんなお金ありませんよ!」 

まずは、にべも無く断られました。ここまでは予想通りです。それからは、この切符がいかに安いかということを懇々と言い聞かせ、締め切りの前日に、やっとOKを取り付け、幸いなことにオスロへの切符を入手しました。

 初めての国なので、まずノルウェー大使館の広報担当者に連絡を取り、オスロの盲学校や、盲人協会などに紹介の労を取って欲しい旨、依頼しました。3週間経った頃ようやく担当者から電話があり、中間報告とのこと。―2度ノルウェーに照会したが未だに返事が無い、しかしまだ時間があるので頑張ってみる― とのありがたい話でした。 そして行く直前に再び電話があり ―向こうからは相変わらず返事が無いまま。調べたところ盲人協会の電話番号だけはわかったのでお知らせします― とのことでした。

 それを持って8月26日(~9月2日)、ノルウェー訪問の旅をスタートしました。 まずカタールのドーハまで10時間半、乗換えてドーハからオスロまで6時間半、そして翌27日の午後2時頃ノルウェー王国への入国手続きを済ませ、エアポート・エキスプレス・トレイン社の切符売り場に立っていました。

 案内書によると、空港から私たちの目指すオスロ中央駅まで、自動販売機で1人170クローネ(ノルウェーの通貨単位、略nok.)、人を介して買うと30nok.プラスされて、200nok.(約3.400円)とあります。初めてのことだし、ノルウェー・クローネも持っていないので、プラス30nok.を承知の上で係員に頼んだところ85nok.だというのです。二人なのに何故そんなに安いのかと尋ねると彼女曰く、「あなたは盲人だから半額です、奥様はあなたを案内する人だから無料です」というのです。これは、日本には無い考え方です。さらに、驚いたことには外国人である私に対してもそうであり、なんの証明書の提示も求めないのです。あんまり安いので、びっくりし、うれしくなり、福祉国家とはこういうものかと入国早々に感心しました。

 ちなみに、日本の場合、東京都を例に説明すると、都民である私が都営交通を利用する際、私は無料、案内者は半額です。利用の際、本人は障害者手帳を提示すること。

 案内者と一緒に移動する場合は、金額的には東京都もノルウェーも同じですが、私が独り歩きをする場合は都営交通では無料、ノルウェーでは半額ということになります。金額は、ともかくとして、この考え方の違いをどうとらえるべきか、どちらをとるべきかは、実に悩ましい問題だと、今も考え続けています。

 また、列車やバス利用の際にも障害の有無にかかわりなく、外国人観光客である私たちにも、パスポートを提示することで、シニア(67歳以上)割引が適用されました。(自治体によって多少の違いはあるそうです)

 翌日、列車とバスとフェリーでフィヨルドと森の景色を楽しみながら古都ベルゲンに向かいました。ベルゲンはオスロに次ぐ第二の都市です。

ベルゲンに着いた翌朝、一番にホテルのカウンターで、ここに盲人協会のような団体があるのかと尋ねると、すぐさまパソコンをたたいて探し出してくれました。行きたいというと、これならばこの近くだと地図まで出してくれました。

 今までの経験では、予め電話をすると、いろんな理由をつけられて会うまでに時間がかかってしまうのです。その日は金曜日、土・日は休みだと思うとチャンスはその日だけです。そこで、駄目元と考え、貰った地図を片手に、直ぐに盲人協会へ行ってみることにしました。

 幸いなことにスムーズに盲人協会につくことができました。自己紹介をし、ノルウェーの盲人の実情を知りたいと言うと、奥から責任者が出てきました。

「自分はこのベルゲン盲人協会の所長で、ロニーといいます。今から、45分かかる所にあるリハビリテーションセンターに出掛けるところだが、短時間で良ければお話しできます」というのです。

 ロニーさんは、まず「自分は53歳、アルビノだが視力は正常、二人の子どもは健常者です」と自己紹介してくれました。

私が、日本はあん摩やハリで生計を立てている盲人が多いが、ノルウェーではどうですか、と訊くと、

ノルウェーでは盲人が約11.000人、その中のごく少数の人は、コンピューターを使う仕事に就いているが、殆どの盲人は仕事が無いのです」とのこと。

それでは彼らはどうして生活しているのかと訊くと、

「収入が無い場合は、住宅や食費が政府から支給されます」とのこと。

教育状況を訊くと

「盲学校は20年前に廃止され、今は完全に統合教育になりました。けれど、盲人が大学まで行くのは大変難しいです」

 ここで時間切れとなり今後はメールで情報交換することを約して別れました。別れる前に、近くに盲人がいれば直接会って話がしたい、誰か紹介して欲しいと言うと、残念ながら近くに住んでいる人はいないとのこと。よければベルゲンを案内する人をつけましょうと言ってくれましたが、案内書を用意していたし、言葉の問題もあったので、彼の親切に感謝しつつ、別れました。

 翌週、月曜日の朝オスロでもホテルのカウンターで、盲人協会の地図をだしてもらうことができました。ベルゲンで上手くたどり着けたので、ここでも大丈夫だろうと妻と二人、地図を片手に、道を尋ねながら歩きました。40分ほど歩きまわったところで気がつくと、なんと、出発したはずのホテルの前に立っているではありませんか。どうやら、お城と広い公園のまわりを一周したらしいのです。がっかりして部屋に戻り、協会へは電話をすることにしました。

 オスロ盲人協会のイオンさんは63歳の晴眼者で、永く盲人協会に勤めており、日本の盲人に対する職業教育についても情報としては知っているが、ノルウェーでは職業教育は行われていないとのこと。ここでも盲人に直接会って話したいと紹介を頼んだのですが、近くには居ないとのことで、会うことは出来ませんでした。残念でした。 

 いずれにしても、オスロとベルゲンの街に出てまず感じたことは物価が高いということでした。街のレストランで夕食をしようとすると一人4・5千円、グラスワイン、ビールはジョッキ1杯で其々1.500円くらいです。

 また、ノルウェーの面積は日本とほぼ同じなのに、人口はたった500万人、日本の1/25です。働いている人たちも外国人が多く、私が泊ったホテルでもタイの若い女性たちが勤めていました。

 北海の油田が見つかってGDPが上がり(64.000ドル/1人)、現在世界第2位だそうです(日本は22位)。教育費と医療費は無料、税金は殆ど40%くらいとのことですが、街では物乞いする人も目につきました。

 仕事のない盲人には住宅費・食費が支給されるとはいえ、大部分の盲人には仕事が無いという状況を知って、真の福祉とは一体何だろうかと、あらためて考えさせられた夏の旅でした。どんな人でも自分で汗を流して働いてこそ真の満足を得ることができるのではないでしょうか。

 たった1週間足らずの短い滞在でほんの一部を体験したノルウェーでしたが、貴重な時間を過ごせたと思います。

 

*文章中の『盲・・・』は、話の中で使われた『blind』を訳しました。

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掲載予定でした 山平さんの ⑨ ボランティア活動3 は紙面の都合上、次号へ掲載いたします。お楽しみに。