NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信75号(2014年7月号)

            暑中お見舞い申し上げます

                             理事長 金治憲 

 梅雨も明け、いよいよ暑さも本格的になってきました。東京ではすでに熱帯夜が続いています。梅雨も明けないうちから熱中症、連日のゲリラ豪雨・雷注意報と落着かない空模様が続いていましたが、皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

 例年のように、前号で今年度のご寄付をお願いしましたところ、早速お送りいただきました。心より感謝申し上げます。

 ただ、寄付の現況を申し上げますと、年々口数は減少しています。これは、寄付に頼って活動している、私の知る国内外の団体で一様に言われていることではあります。国内外の状況や、私たちの日常的な生活状況を考えると、無理からぬことと思います。特にICAを支援してくださっている皆さまのご年齢からすると、殆どの方々が、年々厳しくなっていく年金生活の中からお送りくださっているということです。

 心苦しい限りではありますが、どうぞ引き続きよろしくご支援くださいますようお願い申し上げます。

 

 さて、5月のケニア訪問の主な目的はKISEとの話を進めることでした。

 短期のあん摩指導者養成のためのサーティフィケイト・コースではこちらが提案したカリキュラムが容れられました。この中の一般科目はKISE側の教員が担当すること、あん摩に関する科目についてはICAが日本から派遣する講師が担当することが決まりました。そして、あん摩に関わる科目については、ICA側でその指導要領も作って欲しいという要望が出されました。KISEだけで、あん摩指導者養成をやるべき時が来た時には必ず必要なものだし、様々な場面でこのコースについて十分な説明が出来なければならないからとのこと。それに応えて、ICAでは、目下、講師陣が原案を作成中です。さらに、サーティフィケイト・コースのカリキュラムについてはKICD(公立学校のカリキュラムを認可する機関)の認可は不要なので今年の8月から始めましょうという意見が出されました。ICAとしては教科書の準備があるので急いでも来年の8月になると返答。

 このように建設的に話は進んだのですが、最後の話合いで、それまでの話合いに、事情があり欠席だったD氏が、MOUに早くサインして欲しいというのです。何故そんなに急ぐのかと言うと予算が決まらないと事業を始められないとのこと。当然でしょう、しかし、予算を立てるにあたっては、まだ、このような話合いを重ねる必要があります。予算がはっきりしないうちはサイン出来ないと言うと、直ぐに作って1週間以内に送るというのです。

 日本に帰ると間もなくKISEから事業予定5年間の予算書が届きました。どう見ても事業主体はICA側のようですが、これは問題です。何故ならばこのあん摩指導者養成の事業は、KISEが今後ずっと続けていかねばならないからです。ICAは、そのためのサポートをするのです。

 今後は、KISEとの話合いに自分たちも出席したい、と言っていた受講生たちや、協力者の方々とも相談しながら実現に向けて慎重に進めて行きたいと考えています。

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        受講生たちの今  ―― マーガレット ――

 マーガレットさんは、32歳の女性です。2004年からのICAの受講生です。リフトヴァレイ州のボメットに両親、姉妹と共に農業で暮らしています。ボメットはナイロビから西に220kmの所に位置しています。講習の度にバスで約5時間かけてナイロビまで来ていました。

 5月のケニア訪問の際、連絡を取りたくて何度も電話するのですがまったく繋がりません。その前の訪問の時もそうでした。彼女がゲストハウスに来てくれた時に聞いてみると、彼女が暮らしている村には電気がないので、自分の方から電話をかける時以外は出来るだけ電源を切っているとのこと、やっと納得した次第です。

 今回、一度だけ繋がったことがありましたが、川で水汲みの最中だとのこと、慌てて約束の確認をしました。家に電気も水道も無い、そんな環境の中で暮らしているのだと、今さら知ったのです。前回ゲストハウスに来てくれた時も腰が痛いというので、キム先生が早速ハリを打っていたのを思い出しました。

 彼女は身長150cm位の細い体でケニアの女性にしては珍しく小柄です。 遺伝性の障害で全盲なのですが、大きく澄んだ美しい目をしています。おかげで周囲の人には晴眼者とみられて困った目に遭うことがある、と言います。でも、とっても明るく賑やかでお喋り、そしてとても勉強熱心です。2012年に初めて実施した本格的な筆記試験で、教科書の複雑な記述を、その記述どおりに回答に再現して、講師の窪田先生を大いに驚かせたことがありました。

 第一プロジェクトの講習が終わると2005年から直ぐに彼女はマサイマラにある日本人が経営するホテルに、8月、12月のハイシーズンだけですが、あん摩の仕事を得ることができました。しかし、2007年から2008年にかけてのケニア大統領選、それに続く混乱、経済的不況、やっと落ち着きかけたところでの大きなテロ事件などで、年2回だった仕事は観光客の減少と共に除徐に減り、昨年からはその仕事も失ってしまいました。昨年、最後のフォローアップ講習後、しばらくナイロビであん摩の仕事を探していましたが、テロ事件後のナイロビでは、ナイロビ在住の受講生たちでさえ仕事を減らしていたのですから、さぞ難しかったことでしょう。クリスマスを機にボメットへ戻ったのでした。

 ボメットには、それまで彼女がホテルでのあん摩の仕事で得た現金で買った自分の畑があります。フェンスで囲い、メイズ(英語圏ではトウモロコシのこと)や豆類を育て、鶏を飼い、いくらかの収入を得ているそうです。

 土地があり、耕せる畑があり、普通の天候であれば、田舎では食べるものが全くないというような状況にはならないようですが、熱心にあん摩を学んでいる彼女は、あん摩の仕事を強く望んでいます。その点では他の受講生たちも同じです。彼らのその熱意を何とかケニアのあん摩の自立、発展に活かせる所まで持って行こうというのが、現在のICAの活動です。

 帰国前日に会ったパペチュアさんの話では、5月の長雨は、メイズの収穫を減らすだろうということでした。マーガレットさんのメイズはどうだったのでしょうか、心配ですね。                   (事務局:森山)

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      ⑧ ボランティア活動 2  農業調査(後半)

                            山平 健人

 肝心の農業調査の内容ですが、協力農家から、どんな作物を育てているか、どの種が一番早く発芽したか、どの株が一番大きく育ったか、どの株の花が一番早く咲いたか、といった内容のデータを聞き取り、結果の良かった株同士を交配させて、より育ちやすく、収穫量の多い作物を育てるというものでした。また、同様の方法で昨年採取した種から育てた作物の生育、収穫情報の聞き込みというのも重要な任務です。時には肥料の作り方や作物の植え方についても指導通りに出来ているかどうかを確認して回りました。

 活動自体は大変面白く、大変充実した日々を送っていたのですが、事件は突然起こりました。少し体調を崩して、2~3日寝込んでしまったのですが、とにかく高熱が続くのです。日本から持ってきた解熱剤などで、一時は良くなったりもしたのですが、結局完治せずにまた高熱が2~3日続きました。さすがに体力も落ちてきて、病院に連れて行ってほしいとホームステイ先の主人に頼んだところ、「こんど町まで行く用事があるから、それまで我慢してくれ」ということでした。薬もあるし、何とかなるだろうと甘く考えていたのですが、その日の夜、猛烈に体調が悪くなり、猛烈な吐き気とめまい、高熱にうなされました。これはマジでヤバいかも…。体力自慢の私もさすがに異国の地でこれだけ体調を崩すと不安になってきました。不安というよりも、死ぬんじゃないだろうか、という恐怖が襲ってきました。そう思うと、急に今までの人生が走馬灯のように蘇ってきます。体が弱ると、心も弱るものですね…。しかし、幸いと言ったら怒られますが、その日の夕方に、ホームステイ先の娘さんの体調も悪くなり、急遽病院に連れて行ってもらえることになりました。この時ばかりは、普段信心の「し」の字も知らない私も、「神様、ありがとう!」と心の中で叫びました。

 病院につくと、診察するなりドクターが、「マラリアですね。しかも結構危ない状態です。何故もっと早く病院に来なかったのですか!? でも、ここに来られたのはラッキーですね。注射を打てば治るでしょう。」と言って、でっかい注射を2本、お尻に打ってくれました。

 この注射の効き目がすごくて、次の日にはかなり状態が良くなっていて、ビックリしました。

 それにしても、日本からマラリア用の薬を持って行って飲んでいたにも関わらず、マラリアにかかってしまうとは、夢にも思っていませんでした。

 後から現地の日本人に聞いた話ですが、現地にいる日本人もマラリアで亡くなることがあるそうです。マラリアはまだまだ現地の人々の生活を脅かす病気なのですね。

 

次号 ⑨ ボランティア活動3 IMCU へ つづく。 お楽しみに