NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信69号(2013年7月号)

    

            暑中お見舞い申し上げます

                   理事長 金治憲

先月6月29日ケニアへ出発し、7月10日夜、成田着で帰って来ました。日本はまだ梅雨の続きだとばかり思っていたのに、早々と梅雨は明け、のっけからの猛暑です。ケニアの冬から戻ってきた身には堪えました。

皆さま、お元気でお過ごしでしょうか。前号で今年度のご寄付をお願いしましたところ、相変わらずの厳しい状況にもかかわらず、早速にお送りくださいまして、ほんとうにありがとうございました。感謝申し上げます。引き続きご協力のほど、よろしくお願いいたします。

今回のケニア訪問は難航中の治療院開設を少しでも前進させること、ケニア人あん摩教員育成を具体化するための準備をすること、が目的でした。

ケニア人あん摩教員育成の件については次号でご報告いたします。

 ************************************

 

        その後の受講生たち(昨年11月講習後)

今回はうれしいこと、そして最後にとても悲しいこともありました。

今回のケニア訪問は講習ではないので、受講生全員に会うことはできません。

ケニア到着翌日から、連日公的機関を訪問したり、ゲストハウスで訪問を受けたりの毎日でしたが、その合間をみては、皆の生活状況をたずねることにしました。

直接会えた人、電話で話せた人、地方で電波が届かなかった人など、いろいろでしたが、ICAとしては一番知りたいところです。

まず、最初に聞いたのは、アカイさんのことでした。ケニアでは選挙にあたって議員を選出する際に、各政党には女性枠や障害者枠が設けられているそうです。

アカイさんは今年3月の選挙でユニティ党?(Unity Party of Kenya)から女性枠の議員候補として指名を受け、選挙の結果、正式にタラカニティ地域の地方議員となりました。任期は5年ということです。

彼女の当選はこれを知ったナイロビの受講生たちにとってセンセーショナルなニュースなのでしょう、後日ASAAVIKの役員が集まった場で話題になると皆、興奮気味でした。ASAAVIKの代表をも務める彼女の今後の活躍を期待したいものです。

さて、直接、または電話で話ができたのは16名。

あん摩・指圧の仕事で生活ができているか、という質問に、今までは、自立できるほどは無い、ということで、心配していた3名から「Very good!」という返事をもらって、まず胸をなでおろしました。

この中の2人はアメリカ大使館、1人はスポーツセンターにクライアントがいるとのこと。大使館でのデモンストレーションや、スポーツ施設などへの就職活動で働きかけてこられたマチャコス校講師の青年海外協力隊員、三代にわたる努力の結果でしょう。立派に実になってきています。

アメリカ大使館にいっているという一人は、経理の仕事をしていましたが中途失明で失職、マチャコス校を卒業してICAの講習に参加しています。

2011年の対面アンケートの時、妻の収入だけで、7人の子どもたちが学校に行けなくなったと話していたのですが、今は行っているとのこと。

なんともうれしいことです。ますます腕を磨いて頑張ってほしいものです。

一方、他のナイロビ在住の受講生たちの中には、外国人クライアントが帰国してしまったために仕事が減ったという人もいました。それでも話していて、以前よりは安定した生活ぶりだと感じられました。

地方では、相変わらずあん摩の認知度が低いため仕事は少なく、治療費もナイロビの半分以下という状況ですが、技術訓練校のあるマチャコスでは、マチャコス校卒業の受講生二人が頑張っています。しかし、さらに遠い地方となるとあん摩での生活はますます困難であるのが実情です。

ナクル近くで教師になった受講生は結婚して、今年1月に女の子の父親になっていました。こんなうれしい話は、実はもう一つ、私たちがナイロビに到着して最初に話した受講生からもあったのです。

やはり昨年結婚した彼女は、「4日前に女の子が生まれました。私も子どもも元気です」と、それはもう幸せそうな話振りでした。

ASAAVIKの役員メンバーとしてゲストハウスに来てくれた時、名前は‘セレナ’とつけたい、後で写真をメールで送ると話してくれたのですが、出発前に受けた電話で、その子が死んでしまったというのです。前日もずっと元気だったのに朝死んでいたとのこと。晴眼者の夫も、変わったことにはまったく気付かなかったということでした。ただただ驚きました。

あんなに幸せそうだったのに・・・と。慰める言葉も無く、それでも空港から電話してみましたが、つながらないまま、ケニアを後にしました。悲しい結末でしたが、元気を取り戻して頑張ってほしい、と強く願いました。

*************************************

 

              治療院開設のこと

日本政府から現地のNGOに提供される「草の根無償資金」を、現地のNGOと協力して資金を得ることで、なんとかナイロビでの治療院開設を実現したいと、この間、現地の新たなパートナーと建設用地さがしに努力してきましたが、現在のところ用地確保は殆ど不可能と思われます。

しかし、治療院開設は、現在あん摩セラピストとして働いている受講生たちや、これからマチャコス視覚障害者技術訓練校を卒業していく人たちにとっては、是非とも必要なものです。

日本の盲学校では校内に治療室を開設しており、外来患者を受けいれています。生徒はここで一定の臨床経験を積んで卒業していきます。

ケニアにはそのような施設はありません。現在、ナイロビでセラピストとして働いている受講生たちは、おもにクライントのもとに出向く出張治療をしています。

治療院開設が実現すれば、現状に加えて仕事の場が広がり、お互いの情報交換の場ともなるでしょう。

ICAとしては、治療院は彼らにとって何よりも大切なあん摩技術指導の場と考えています。受講生たちには、まだまだ研修が必要です。学ぶ希望さえあれば、技術指導を受けられる場所としたいと考えています。いずれにしても用地の確保ができないとなれば、建設はあきらめざるを得ません。

しかし、臨床経験を積める場は何らかの形ででも開設しなければならないと考えています。引続き方策を探っていきます。皆さまのご協力を切にお願いいたします。

 *************************************

前号からのつづきです

 

       ④ サファリのススメ (その1)          

                             山平 健人

結局、我々が3泊4日のサファリに行っている間に、NGOのスタッフがどこか働き口を探してくれるということになり、とりあえずサファリに出かけることになりました。元々動物好きだった私は遅かれ早かれサファリには行くつもりでしたので、この提案は受け入れやすいものでした。

サファリには、同じツアーに申し込んだ何組かの外国人と一緒に回ります。イギリス人、チェコ人、ドイツ人など、色々な国の人と交流できるのもサファリの魅力の一つだと思います。

さて、サファリはカバやヌーのいるナイバシャ湖、フラミンゴで有名なナクル湖、マサイ族で有名なマサイ・マラ国立公園を回ってナイロビに返ってくるというルートでした。

もし皆さんがケニアに行かれるなら、絶対にサファリに行くべきです。特にマサイ・マラでテントで寝るという内容になっているものをお勧めします。野生動物がいる中でテントで寝るという体験は、かなりスリリングですが、本当に貴重な体験です。私はテントで寝るという内容であることは知らなかったのですが、参加者の誰もがテントを見て目を疑っていました。

その夜はマサイ・マラの観光ガイドのマサイ族の人たちや、他のツアー参加者と共に、薪をくべながら、色々と楽しく談笑したのを良く覚えています。談笑中に誰かが、ハイエナの鳴き声がする!といって緊張が走ったのですが、実は簡易シャワーのドアのきしむ音だったことが分かり皆で大笑い、というようなこともありました。

他にも、サファリツアーの中で、サバンナに簡易テーブルを出して、皆でランチを食べるというものもありました。サファリツアー中は絶対に車から降りてはいけないと言われていました。目の前にライオンがいるような状況ですので、当然です。

それなのに、野生動物が動いているのが見えるような中で、ピクニックをする。こんなスリリングなピクニックは今後経験することはないでしょう。もちろん、野生動物が活動するところからある程度離れてはいましたが、それでも100%安全とは言えなかったと思います。

マサイ・マラではマサイ族とジャンプするという体験もできました。彼らに『なぜそんなに高く飛べるのか?』と聞くと、『毎日ジャンプしているからさ!』という答えが返ってきたのを、今でも覚えています。

マサイの村は野生動物から家畜を守るために、木の枝で作った高い柵でおおわれていて、その中に家、家畜小屋などがあります。

私が一番驚いたのは、村の中に観光客用のお土産屋があったことです。また、最近テレビでマサイ族がiPadを活用している様子などを放送したりしていますが、私が行った時も、携帯電話を使っているマサイの戦士がいたことには本当に驚きました。

 

     次号『サファリのススメ』その2 につづく