NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信66号(2013年1月号)

 

             寒中お見舞い申しあげます

                           理事長 金 治憲

歳が明けてもう一カ月が過ぎようとしています。例年になく厳しい寒さが続いていますが、皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

成人の日の東京は大変でした。私が朝出掛ける時は雨が降っていましたが、午前11時頃だったでしょうか、雪に変わりズンズン積りはじめました。夕方家に帰る頃には10センチほども積り、まだまだ降り続いていました。

傘をさし、杖で車の轍をさぐりながらやっとの思いで歩くのですが、なかなか進めません。特に道の曲がり角がわかりにくく苦労しました。慣れた道では後から来る人に追い抜かれることは、まずないのですが、この日ばかりは道を譲るしかありませんでした。

見かねた何人もの人に声をかけられながら、ようやく家に辿り着きホッとしました。普段なら歩いて10分くらいの距離ですが、この日は30分ちかくかかっていました。このような大雪はここ10年くらいなかったのではないでしょうか。 

この大雪でもう一つ実感したこと、これは認めたくないことですが間違いなく体力が落ちていますね・・・。雪国では10センチの積雪など何ともないことなのでしょうが、ほんとうに大変でした。

さて、前号で『年末ご寄付』のお願いをしました。相変わらず大変厳しい経済状況が続いているにもかかわらず、多くの方々から、お心のこもったご寄付をお送りいただきました。ほんとうにありがとうございます。

私共も、皆さまのご支援に報いるべく事業遂行に、また経費節約に努力してまいります。引き続きご支援のほどよろしくお願いたします。

後になりましたが、皆さまのご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。

 

最後に、私ごとで大変恐縮ですが、昨年11月ケニアで講習開催中のこと、弟から電話があり「たった今、母が亡くなった」とのことでした。こちらの事情を説明し、とりあえず、私の代わりを務めて欲しいと頼み、12月にあらためて墓参りをしてきました。

折を見ては見舞いもし、覚悟もできていたはずだったのですが、歳のせいでしょうか、それとも、これで両親とも亡くしてしまった、という思いからでしょうか、父が亡くなった時はそうでもなかったのですが今回ばかりは相当にこたえました。母は、おそらく私のために一番たくさんの涙を流した人でした。

************************************* 

         

          ケニアのあん摩教育20年目を迎えました

ところで、ケニアに私が初めて行ったのは1994年のことです。その後ケニアから3人の盲留学生を日本に受け容れ、その10年後、2004年からはICAの事業としてケニアに帰国した留学生を通訳に頼み、ケニアの視覚障害者たちに日本のあん摩技術を伝授するための講習会をスタートさせました。    

これは日本であん摩を学んだ留学生が通訳を務めてくれるから実現できる事業なのです。一般にいう通訳では、あん摩に関連する専門用語に対応するのはなかなか大変なことです。

さらに実技に至っては実際に手の動きや、力の加減、方向など微妙な部分は、実際に自分の体で学んだ人でなければ伝えきれないような部分もあるでしょう。今年はその講習会を開いて10年目にあたります。

その間2006年には国立マチャコス視覚障害者技術訓練校に「あん摩指圧コース」が新設され、そこでは青年海外協力隊員が派遣され講師をつとめています。1994年から数えるとケニアのあん摩教育に関わって20年目に当たるというわけです。振り返ってみると10年を区切りに新しいことが展開しているようです。

今現在から次の10年目がこのICAにあるかどうかは、心もとない限りですが、少なくともあん摩教育がケニア人自身の手で行われていなければならないと考えています。いずれにしても、ICAの目標である『自立できる視覚障害者を一人でも多く育てる』を目指して進んで行きます。 

あん摩をケニアの視覚障害者の職業の一つとして根付かせるためには、現在難航中の治療院開設など、クリアしなければならない大きな課題が山積みですが、その中でも一番の課題はケニア人のあん摩教員を育てることだと考えています。

ICAがいつまでも講習会を続けて行くことは、まず不可能ですし、マチャコス視覚障害者技術訓練校の講師をいつまでも青年海外協力隊員に頼ることも難しいでしょう。なんとかICAがケニアでの事業を終了する前にケニアであん摩教育が継続できる道筋だけはつけておきたいと考えています。

 

 ************************************

 

           ASAVIK(アサヴィック)のこと

ASAVIKとはAnma Shiatu Aqupunture Visually Impaired Kenya(ケニア視覚障害者あん摩指圧鍼協会)の略称です。

2004年からの講習生やマチャコス視覚障害者技術訓練校あん摩指圧コースの卒業生たちが中心になって立ち上げた団体の名称です。2012年10月22日、ケニア政府に登録されました。

4年前から、ICAとしては、あん摩指圧が社会的に認知されるためにはセラピストとなった彼らが個人としてよりも、団体として積極的に社会に働きかけていくことがより効果的である、と団体を作ることを勧めてきました。

講習の度に言ってきたのですが、2011年の暮れに、ようやくその気になってくれました。ケニアでは18人以上のメンバーが集まればSociety(協会)として政府に登録することができるそうです。

2012年6月、ケニア訪問の際、進行状況を尋ねると未だ登録できていないとのこと。団体の形はほぼ整い定款も完成し登録の準備はできているが登録料がないとのこと。聞くと登録料は5.000Kes(ケニアシリング、当時5.000円に相当)。その5.000Kesさえあれば登録できるのかと聞くと「できる」というので「それでは会計係に5.000Kes預ける。登録のためだけに使うように、もし登録できなければそのお金は返すこと」として5.000Kesを会計係に預けました。

さらに2012年7月のケニア訪問の際、確認したところ未だできておらず、7月末までには間違いなく登録できる予定だとのこと。そうして最終的に2012年10月22日付けで登録されました。

2012年11月の講習時にはASAVIKの渉外係として3人の晴眼者男性が協力してくれることになった、とそのうちの2人を紹介されました。1人は、最近結婚した受講生ビトリスの夫、ヘンリーさんです。

ASAVIKはいずれ、あん摩教育や、治療院を開設し、治療と共に自分たちの研修の場ともしたいなどの希望を持っていますが、当面はお金が無いことにはどうにもならないのでまずは寄付集めから始めたいと、ヘンリーさんの勤務先であるケニアでは大きな携帯電話会社に寄付を依頼することから始めるということでした。

文書一つ作成するにもとにかくパソコンが必要なので何とかしてパソコンを買うお金を作らなければと話していました。当然のことながら無い無いづくしのスタートです。日本とはあまりに国情が違い、なんとも言えませんが、やっと立ち上げたASAVIKがこれからどんな活動をどうやっていくのかは彼ら次第です。

今の日本ではパソコンの読みあげや、テキストを点字で読むための手軽な機器などがあり視覚障害者でもメールのやり取りや読書が可能ですが、ケニアではまずそのような機器を個人で持つことは不可能だし、点字印刷物など手軽にコピーしたり郵送したりするのも晴眼者の補助がなければできないでしょう。

彼らは携帯電話だけはフルにつかっているようですが、ASAVIKのメンバー全員に一斉に何かを伝えなければならない時など、一体どうするのだろう、と考えてしまいます。が、長い目で見守っていくしかないでしょう。

 *************************************

 

                事務局から

皆さん、この事業のことやICAのことに関して、何かアドバイス、ご意見、ご質問はありませんか? そんなこと言われても、読者としては一方的に報告を受けているだけだし、直接事業に関わっているスタッフの方がよっぽど状況もよくわかっているはずでしょう、と思っていますね。

でも、大きなことから些細なことまで、通信を読みながら、思わずつぶやいてしまったことが一つや二つ、とはいわずあるのではありませんか?

頭に外からの新鮮な風を通したい、とつくづく思っているこの頃です。どんなことが頭を掻きまわす材料になってくれるかわからない、と思うのです。

お電話、メール、お手紙、何でもけっこうです。ドシドシお寄せ下さい。お待ちしています。

例年のお願いですが、書き損じ葉書や、余った年賀状などご不要の葉書がありましたら、お送り願えればありがたいです。

通信郵送に使わせていただいています。どうぞよろしくお願いします。