NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信64号(2012年9月号)

 

           ケニアへの教材配布事業終了

 

ケニア向けの事業の一つであった教材配布がほぼ終了しました。配布したのは、以下の3点です。

1.『The Body Systems』(Mcmillan Health Encyclopedia:vol.1)

マクミラン社より出版された、いわば家庭の医学百科シリーズの第一巻目にあたるもので、おもに、人体の仕組みについて書かれています。この1冊は点字本にすると4分冊となります。

2.『The text of short training course for Anma (理論編) 』

あん摩の短期講習のためのテキストで、ケニア講習の講師を務めてくださっている先生方のご協力で出来ました。  

3. 人体の骨格模型(可動式)1体

骨格や関節、関節の連結の状態、可動域など、受講生たちが直接触れて学ぶためのものです。講習期間が過ぎてしまうと、日常的に皆が集まれる場所も時間もないので、いつでも使いたい時に誰もが使えるように設置しておくことが出来ないのですが、せめて講習の間だけでも使いたい、と準備しました。

治療院開設が実現すれば、そこへ設置できるのですが、現状では講習期間が過ぎれば、しまっておくほかありません。

配布先は、まず、受講生たち、マチャコス視覚障害者技術訓練校、シクリ職業訓練センター、カウンターパートナーのSalus Oculi Kenya です。

2004年、ICAがケニアで講習を始めた時点では、10人の講習生の中で弱視者2名、そのうちの1名はノートをとっていましたが、点字使用者の8名は誰ひとりとしてノートを取る人はいませんでした。今ではノートをとることの大切さが認識されたようで、講義が始まると点字タイプライターと点字器が一斉にガシャガシャ、コツコツと鳴り始めます。

「読み書き」という言葉で考えると点字本を読むこともノートをとることと同じくらい自然なことになって欲しいものですが、話を聞いてみると、受講生たちの年齢や育った地域によって点字の読み書き状況はだいぶ違うようです。

学校生活の中でも、教科書でさえ点字本が準備されていることはなかった、という人もいます。ましてや点字の医学用語辞典や事典類などそうそう身近にはないのでしょう。

現在、ナイロビでは国立図書館や大学図書館に行けば見られるのではないかということですが、家庭の医学程度とはいえ、医学用語の多用されている点字本は彼らにとっては、こちらが考えているより、ずっと手強いものなのかも知れません。

しかし第2プロジェクトでは、健康管理を目的としたあん摩関連の基本的な医学知識を中心に、十分とは言えないまでも学んできています。

点字本にすると4分冊、という量になってしまうものですが、11月に予定している講習では『The Body Systems』に書かれた範囲でテストをすることになっています。受講生たちがどれくらい頑張って読み込んできてくれるか楽しみでもあり、心配でもあります。

あん摩/指圧セラピストとして生きていこうとする以上は、現時点のケニアでは入手困難な参考書が自分の手の中にあるのですから、大切にしてしっかり活用して欲しいものです。

 

この事業は、当協会理事の足立房夫さんのご紹介で『公益信託東京日本橋ライオンズクラブ立川福祉基金(平成24年度)』の助成金交付を受けることができ、実現しました。この度の足立さんのご尽力には、心より感謝申し上げます。

 この立川福祉基金は「タチカワブラインド」(ブラインドや間仕切りを中心としたインテリア総合メーカー)創業者で、日本橋ライオンズクラブ会員でもあった、故・立川孟美氏が、1988年、視覚障害者の福祉向上のために役立てて欲しいと、一億円を日本橋ライオンズクラブに寄付されたことが始まりでした。

新潟県生まれの立川氏は、ご自分が生まれ育った地で、幼少時より、視覚障害者を多く目にされてきて、「視覚障害者の力になりたい」という思いをずっと持ち続けてこられたそうです。そして、自らの事業の成功をみて後、その思いを、社会還元の一環として、ご自分の所属されていたボランティア団体、東京日本橋ライオンズクラブに寄付というかたちで委ねられました。

寄付を受けたクラブはその寄付を公益信託に付し『東京日本橋ライオンズクラブ立川福祉基金』を設立し、毎年、基金、およびその運用益で視覚障害者のための福祉活動をおこなうこととしました。

さらに、その後1994年、立川福祉基金の趣旨に深く賛同された故・笠井友三郎氏(松阪市出身)が、遺言により、遺産5,361万円を立川福祉基金に寄付され、これを加算して視覚障害者のための福祉活動が続けられてきました。

日本橋ライオンズクラブのメンバーで基金を担当されている屋代誠一さんのお話によると、立川福祉基金は、視覚障害者のための活動をしているグループであれば、団体の規模にかかわらず、小人数の点訳グループや朗読サービスのサークルなどでも助成金の交付を申請する資格はあるので奮って応募して欲しい、申請内容が認められれば、助成金の交付をうけることが出来るということでした。

皆さんの身近に、そういう活動をしている方々がいらっしゃいましたら、これを機会に、是非、『公益信託東京日本橋ライオンズクラブ立川福祉基金』のことをご紹介ください。大小様々な形で、視覚障害者のための福祉活動が広がっていくことは、私たちにとっても願ってもないことです。

以上、感謝の意をこめてご報告いたします。        

                               (金 治憲)

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             ナイロビの街角 から                               

前号でもお伝えしましたが、今年6月と7月、講習以外の所用でケニアを訪問しました。

いつもの講習の時は、私たち講師チームは、毎日朝8時半にゲストハウスを出て、車で講習会場のYMCAへ向かい、6時間の授業をし、日によっては個別補講やミーティングをして夕方6時~7時頃車で戻って来る、第2プロジェクトの3年間はこの繰り返しでした。

しかし、この6月・7月の訪問は違います。あちこちを訪問して話合いをしたり、ゲストハウスに来客を迎えたりしましたが、いつもに比べて時間に余裕があります。

早速、出張治療をしているナイロビ在住の受講生に電話で予約をしては何人かの人たちにゲストハウスに来てもらいました。大事な技術チェックのチャンスでもあります。

「ここはハーリンガム、宿の名前はアイン・ゲストハウス、バス停の名前はハーリンガム・ステージ、バスを降りたら電話をください、私が迎えに行くからバス停で待っててね」と告げるだけで、彼らは初めての場所でも躊躇することなく白杖1本を頼りにバスを乗り継いで来てくれます。

ゲストハウスからバス停までは5分あるかないかの距離ですが、交通量の多い道路で、両脇の歩道は、2人の大人が擦れ違えるかどうかといった程度の広さです。そんな広さにもかかわらず、山あり谷あり、さらに、溝あり穴ぼこあり、晴眼者にとっても非常に歩きにくい歩道です。

「彼らがナイロビを歩くのは、日本で一人で歩くのとはワケが違うよ」と、理事長は口癖のように言っています。

ノーラが初めて来てくれた時、私は電話を受けてバス停に向かいました。ゲストハウスの門を出たばかりのところで、見るとノーラが守衛さんの制服らしきものを着た若い男性とお喋りしながら、歩いてきています。知り合いの人なのかと聞くと、声をかけてきて送ってくれたとのこと。そんなことが、彼らを迎えに出た度に何度もありました。

 

もうひとつの出来事は、パぺさんとタクシーで郊外からシティと言われる都心へ戻ってきた時のこと、バスターミナルから彼女は自宅方面へ向かうバスに乗ることになりました。バスターミナルと言っても日本のように広い建物や場所があるわけではなく、道路沿いに、バスとタクシーと人々がひしめき合っているだけです。行先表示なんかどこにも見当たりません。

こんな所で一つ一つのバスの正面に行って行先確認なんかできないでしょう?と思っていると、タクシーの運転手さんが、パぺさんにどこへ帰るのか、と尋ねています。彼女が答えると、一つ一つのバスの、運転手席の横にタクシーを止めては、バスの運転手さんに行先を訊いています。

バスの運転手さんは身を乗り出して耳を傾け、「もっと前の方だよ」とか「そこに行くのは3台前の11番だよ」という具合に教えてくれるのです。そこで彼はタクシーを止めて降りると、パぺさんの手を引いて、ちゃんとバスに乗せてくれました。

 

たまたま乗り合わせたタクシーの運転手さん、たまたま行き合わせた人々ですが、そこまで親切なのに驚きました。長時間の渋滞で疲れ果てていたところ、一気にすがすがしい気分がしました。日本ではちょっと見られない光景ではないでしょうか。

 

外国人は「安全のため、出歩かないように」と言われるケニアの街角風景です。 

                              (事務局)