NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信60号(2012年1月号)

 

           ケニア第3プロジェクトに向けて

                              理事長 金治憲

遅ればせながら 新春のお慶び申し上げます。

昨年末のご寄付お願いに際しましては、今までになく厳しい状況にもかかわらず多くの方々からご厚志をお寄せいただきました。感謝申し上げます。皆さまがICA へ寄せられる期待の重みをひしひしと感じます。事務局としましても少しでも皆さまのご期待に添えるよう努めてまいります。

今後とも引き続きよろしくお願いいたします。

さて、いよいよ今年3月いっぱいで、この3年間JICA の草の根技術協力受託事業としてとりくんで参りました第2プロジェクトは終了します。2004 年からの第1 プロジェクトから第2プロジェクトを通して主にあん摩技術の指導をして来ましたが、次の課題はあん摩を視覚障害者の職業としてケニア社会に根付かせるための道筋を作ることだと考えています。

そこで第3プロジェクトとして、

①ナイロビでの治療院開設を実現する。ここは、ICA 受講生やマチャコス校のあん摩・指圧コース卒業生たちがあん摩師として独り立ちするために、働きながら臨床経験を積む卒後研修の場としたい。

②ケニアであん摩を学び、優れた技術を身につけた人たちにはそれなりの技術保証が何らかの形でなされるよう公的機関に働きかけていきたい。

そのためには、まず、国立のマチャコス校(正式には国立マチャコス視覚障害者技訓練校です)あん摩コースの教育内容を強化する。

具体的にはあん摩技術に関わるカリキュラム・テキストを充実したものとし、そのうえで、学生のマチャコス校卒業時には、技術審査を実施して一定の技術保証ができるようにする。

これを実現していくことで、あん摩技術を学ぶ人たちの学習意欲を引き出し、社会に確かな技術を身につけたあん摩師を送り出し、職場開拓につなげていきたい。

職場で優れた技術を提供することが、あん摩の需要を広め、さらに視覚障害者の職場開拓へと、良い循環を作ることになる。

③ マチャコス校のケニア人あん摩教師の育成に力を入れたい。マチャコス校ではあん摩コース新設以来、日本から青年海外協力隊員が講師として派遣され、現在も3 代目の隊員が精力的に指導にあたっています。しかし途中、講師の適任者が得られず1 年間のブランクを過ごさざるを得ない状況もありました。

ケニアのあん摩技術教育そのものの自立を可能にするためには、ケニア人指導者が育つことが不可欠です。

昨年8 月と10 月に第3プロジェクトのための事前調査で教育省をはじめ、いくつかの公的機関、Kenya Institute of Education(KIE), Kenya Institute ofSpecial Education(KISE), National Council for the Person withdisabilities(NCPWD)、と視覚障害者関係の団体Kenya Society for the Blind(KSB), Kenya Institute for the Blind(KIB)とを訪問し、あん摩技術教育を通じて行う視覚障害者自立支援の有効性について話をしました。

いずれの団体もICA の活動内容にかなり関心を寄せ、KSB では各地の盲学校と協力していろんなプログラムを実施しているが、そのプログラムの中の一つとしてあん摩を加えるのはどうかという提案もありました。

詳しく聞いてみるとPrimary School (8 年間の初等教育)でやりたいとのことです。日本では高校卒業した人が学んでいるものだと説明しました。またNCPWD では学校ではなく職業訓練の場としてであれば、あん摩コースを作ることは可能ですよ、ということでした。いずれにしても手応えはじゅうぶん感じられました。

そして10月に再度訪問した教育省では8月に私たちの話を聞いてくださった特殊教育担当者のムンガイ氏が、その時に話した内容をまとめて上司に挙げたものだ、と言ってメモのコピーを見せてくれました。

その席で、レア・ロッチ局長にケニアでのICA の活動を説明し今後マチャコス校の強化などについて協力を求めたところ、協力は惜しまない、ただ教育省はじめ、出先機関までを含めてフォーラムを開き、情報共有したうえで話し合った方がより効果的ではないかとの提案がありました。

ICA としては願ってもない展開です。今後そのような方向で進めていきたいと思っています。

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                私の道のり

                           パペチュア・ムグレ

私、モガンビ・パペチュア・ムグレは両親のもと、5 人の女の子、3 人の男の子の10 人家族の家庭に生まれました。1 歳半で麻疹にかかり視力を失いました。

メルのイゴジにあるSt.Lucy's Primary School for the Blind(視覚障害者のための初等学校)に入れられ、Kenya Certificate for Primary Education を得てThika High School for the Blind に進学しました。

2000 年10 月7 日 私は日本の東京に発ちました。そこでボランティアを通して入学前教育として、半年間日本語と日本の文化について学びました。

2001 年3月20 日、面接試験を経て同年4 月6 日福井盲学校高等部専攻科へ入学が認められました。ここで私はあん摩、鍼、灸を3 年間学びました。そして2004 年3 月卒業し、続けて京都盲学校研究科でさらに1 年間学び、2005 年3 月卒業し5 月4 日にはケニアへ発ちました。

日本へ来た当初、私は、人とのコミュニケーションの問題や食生活の大きな変化などのカルチャーショックを受けましたが、徐々に日本の厳しい気候、精神的風土にも適応するようになりました。最初の夏休み、私は、もし私が学ぶべきことが上手く学べないようだったら学校へ戻って来るのはやめようと、心の奥深くで決心していました。

しかしうれしいことに、わたしは良く学ぶことができたのです。このことは、福井で3 年間、京都で1 年間学んで最後にあん摩、鍼、灸の三つの資格を得られるように一生懸命勉強しよう、という意欲と勇気を私自身に与えてくれました。

また、日本では視覚障害者にとって、場所を移動することはケニアにくらべればずっと便利でした。私は何を恐れることも、誰を恐れることもなしに大胆に移動することができるようになりました。

ケニアに戻った私は、日本の厚生省から出されたあん摩師、鍼師、灸師の資格を持っていたにもかかわらず、3 ヶ月間、病院にもホテルにもサロンにも仕事はまったくありませんでした。このような資格は私の周囲の人達は誰も知らなかったのです。

こんな状況の中、2005 年8 月、私は友人たちにまず知ってもらおうとデモンストレーションを始めました。最初は友人たちには無料で施術しました。

そのうち、1 時間200 シリングから本格的に施術を始め、とうとう私は自分で多くのクライアントを得ることができるようになりました。クライアントは幼児、ちょっと大きな子どもたち、大人、年配者たち、健康な人、病人、貧しい人、お金持ち、それに様々な民族、つまりアフリカ人、インド人、日本人、ヨーロッパ人、年齢は9 カ月の幼児から80 歳の老人まで。

最初の頃は幼児ばかりでした。ケニアの人は少しばかり体調が悪いからと言ってすぐに治療には来ないのです。でも幼い子どもの場合は違います。心配して治療に連れてきます。最初のクライアントはダウン症の子どもでした。

2006 年頃からは大人も来るようになりました。1 日に平均して7~8 人のクライアントを治療しました。こうして2009 年8 月まで続けました。この間私は、テレビや新聞社に出かけていって自分の仕事の紹介を頼んだり、デモンストレーションをして自分の仕事を宣伝しました。

2007 年末から2008 年におよんだ、大統領選をめぐる暴動から起こった経済危機のために、私は自分のクリニックを閉じ、ほかのコースを学ぶ決心をしました。

2009 年9 月からケニヤッタ大学で栄養と健康のコースに入り、2011 年12 月卒業し、ディプロマを得て栄養士の資格を取りました。日本で得たあん摩、鍼、灸師の資格と共に栄養士の資格も活かせる仕事をしたいと思っています。

最後に、キム先生とその団体の皆さま、福井盲学校のクラス担任をして下さった窪田先生とご家族はじめ、福井の皆さま、名古屋の青山さんご夫妻、京都でクラス担任をして下さったシゲタ先生はじめ京都の皆さま、福井クリスチャンチャーチの皆さま方に感謝と敬意をこめて、ご挨拶をお送りします。

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                事務局から

* 2月18日~29日は、第2プロジェクト最後のケニア講習のため、事務局は留守になります。

* 例年のお願いですが、書き損じ葉書、不要になった葉書などお手元にありましたら事務局宛てにお送りいただければありがたいです。会報の郵送費として使わせていただきます。

例年になく厳しい寒さが続いています。みなさま、くれぐれもご自愛ください、また凍った道の歩行などにもご注意ください。