NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信53号(2010年11月号)

               種まき

                                 金治憲

今年の冬の訪れは、早いようです。お元気でお過ごしでしょうか。

今年度の二大目標はケニア第二プロジェクトと治療院開設支援事業です。ケニア第二プロジェクトは、第3 期が去る8月に行われました。その際、私は彼らの生活状況や希望を知りたいと思い、一人一人と個人面談をしました。

第二プロジェクトから参加した人々とは初めての面談です。子どもの時から両親を知らず、他人に育てられた人、援助を受けていた教会から、最近、援助打ち切りの通告を受けた人など、大変厳しい話でした。

一方、第一プロジェクトから参加した人たちは、あん摩によって収入を得ていました。貯金していたお金があったので、入院費が払えたとか、家族全員の生活を支えている人もいれば、ちゃっかりと貯金額を増やしている人、お洒落を楽しむことのできる人もいたりして大変うれしい話もありました。

さて、次は治療院開設支援事業です。本来は12 月にモンバサへ、あん摩キャラバンを派遣する予定でしたが、カウンターパートナーであるゲノさんの都合で10 月末に変更されました。

出発2 週間前になってもキャラバン隊を受け入れてくれるはずのホテルから返事がないとのことでした。でも、ゲノさんは2・3 日中には返事が来るだろうから、ケニアへ来る準備をしてほしいとのことでした。こちらでは格安航空券の予約なども済ませました。

出発2 日前になってメールがありました。「まだホテルから返事が来ないので、フラストレーションがたまる一方だ」とのこと。しかし格安航空券は変更がきかないので最悪の場合はナイロビ市周辺のホテルであん摩デモンストレーションをするつもりで青山さん、森山さん、私の3 人は10 月29 日の夜出発しました。

結局、モンバサ行きは次の機会とし、早速友人を介してナイロビ市郊外にあるサファリパークホテルのジェネラルマネージャーであるマティーリさんを紹介してもらい、サファリパークホテルであん摩デモンストレーションをすることになりました。

当日はゲノさん、講習生のアカイさん、私達3 人で行きました。サファリパークホテルは広大な敷地の中にゆったりと建物が点在し小鳥の囀りが聞こえ、ナイロビ市内の渋滞をやっと抜けて、埃だらけの道を走って来た私たちにはまるで別世界のようでした。

案内された受付でマティーリさんは会議中なので終わって行くとのことでした。我々はまた広い庭を歩いて、フィットネスクラブの建物のなかの一室に案内されました。その部屋にはベッドがあり、ここでデモンストレーションをすることになりました。

その部屋には10 人ほどの若い女性インストラクターたちが集められていてデモンストレーションが始まりました。簡単なあん摩の説明の後、アカイさんが5 人に上半身のあん摩をしました。その後いろいろ話した結果、日本との違いがわかって来ました。ケニアではホテルでマッサージ(だいたいオイルマッサージ)を受けたい人は自分の部屋でではなくフィットネスクラブに行ってやってもらうのだそうです。

それからもうひとつ、大きな違いはホテルに就職しようとする場合は、3ヶ月間の研修期間があり、その期間は無報酬だそうです。したがってモンバサキャラバンはしっかりと事前準備をしないと派遣できないことがわかりました。ゲノさんは視覚障害者を就職させるという経験がなかったので、このような事情までは知らなかったようです。

日本に帰る日は空港に行く前に少し時間があったので3 人の講習生に頼んで客としてあん摩をしてもらいました。私を担当した人の技術は6 年間で大変上達していました。どこへ出しても遜色のない素晴らしいあん摩でした。

あん摩師の人数は思うように増えていませんが、成果は確実に現れています。これこそ、私達が目指す目標です。やはり種は蒔くべきだと強く感じました。

 

今年もまた、年末ご寄付をお願いする月になりました。皆さまお一人お一人からのご寄付がアフリカの視覚障害者の自立へとつながっています。経済状況の大変厳しいなか、このようなお願いすることは誠に心苦しいのですが協会の事情をご理解いただき、ご協力願えれば幸いです。

寒さに向かう折、どうぞご自愛ください。

 

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          マチャコス視覚障害者技術訓練校を訪問

 

2006 年、ケニアでただ一つ国立の視覚障害者技術訓練校に、当協会ICA の働きかけにより、あん摩・指圧コースが新設されました。これは、当時のサヤ校長がケニアでのあん摩デモンストレーションに参加され、視覚障害者のあん摩師養成に積極的に力を注がれた結果でもありました。ICA にとって、それは思っていたよりずっと早くに実現したうれしいニュースでした。

そしてその年、11 月、JICA より青年海外協力隊員、五味哲也さんが講師として赴任され、治療用のベッドも無い、教科書も無い、という無い無い尽しの、まさに“ゼロからの出発”で2008 年11 月まで、奮闘の2 年間の任期を終えられました。

しかし、その後、JICA の努力にもかかわらず、マチャコス校講師の適任者が見つからず、残念なことに、あん摩・指圧コースは休講状態となりました。そして1 年を経た2009 年11 月、徳永英将さんが二代目の講師として赴任され、現在に至っています。

ここでの1年間のブランクは二代目とはいえ、徳永さんには、私たちと同様に大きな痛手と感じられたのではないでしょうか。年2回のJICA.・ICA・SOK が協力して行うあん摩講習会にはマチャコス校の在校生も参加しますし、月に何度かナイロビで徳永さんが開かれている勉強会にはICA の受講生たちも参加します。

今年に入って、サヤ校長が他校へ転任されたとのことで、今後のICA とマチャコス校との協力関係を保ち、発展させていけることを願って、新しい校長との顔合わせにマチャコス校を訪問しました。

11 月3 日、ナイロビから車で約2時間、サバンナを突っ切る一本道を走って、マチャコスのメインストリートらしき所を抜けると、雨水があちこちに溜まった道路の両脇を学校帰りの小さな子どもたちや、ニワトリや牛、山羊たちも自由に歩いています。この道路の先にあるゆるい斜面の草地の中にマチャコス校はありました。車を降りると、大きなジャカランタの木が薄紫の花を地面いっぱいに散らせていて、甘い香りがしました。

校長室に案内されて、まず初対面のムトゥア校長と挨拶を交わし、訪問の目的など告げた後、徳永さんが授業中の教室へ案内されました。

行ってみると両側をベニヤ板で仕切った細長い部屋で、まず一歩入ったところに実習用のベッドが一つ、ベッドの両脇に人が立つと、もう一杯です。ベッドの奥に小さな机があって6人の生徒がひしめき合って机を囲んでいました。着席している生徒たちの後ろを通るのも大変です。

その中にマチャコス校を終えた後もICA の講習会に毎回参加しているジャクソンさん、前回の講習に初めて参加したマシーさん、クリスティンさんの姿がありました。三人は、キム先生との再会に嬉しそうでした。

次は、現在建設中の建物の所へ案内されました。一つはあん摩・指圧コースのための教室ということでした。

ブロックを積み上げてはセメントで固めていく、という方法のようでしたが、見たとたんに、‘ケニアには地震は無いのか?ゼッタイ!?’という疑問が湧きあがって来ましたが、グイッと飲みこんでお腹の中へ。

これは2009 年、金理事長の鍼治療を受けるために、あん摩講習中のYMCA に来られて、講習の様子を目にされた政府高官のD 氏が、あん摩の普及活動に協力くださった結果でした。なにはともあれ、今のあの窮屈さから解放されるのです。嬉しいことです。感謝です。

そして、最後に授業を終えられた徳永さんも交えて、通訳もお願いしながら懇談の時を持ちました。美味しいケニア・ティーと温かいサモサをいただきながら、懇談というにはかなり深刻な話もしました。

あん摩・指圧コースのカリキュラム、1 年限のものが国に認められた、というのです。一年限ではあん摩師としての資格には至らないのではないか、という金理事長の問いに返って来た答えは、1 年以上の学費を払える親はいない、というものでした。

‘前途多難’の感を強くしながら、今後も日本のあん摩技術の移転を確実なものにし、ケニア社会であん摩技術が視覚障害者にとって経済的自立の有用な手段となり、いずれ職業としてケニア政府に認められていくよう、互いに協力していくことを確認し合ってマチャコスを後にしました。

                             (事務局 森山)