NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信52号(2010年9月号)

               

                事務局から

暑さ寒さも彼岸までと申しますが、まさに自然の摂理はひとを超え、何時まで続くかと思われた猛暑も突然去り、秋の訪れとなりました。皆さま、この夏を無事に乗り切られましたでしょうか。急激な季節の変わり目をどうぞお元気でお過ごしくださいますように。

先日、広尾にありますJICA 地球ひろばに第3 期ケニア講習会のモニタリング会合に出向いた折、NGO 連携課の菊池課長さんより、現地での会計検査院の監査対象にたまたま当協会の事業が取り上げられ、ICA の活動の意義、成果が大変高い評価を得られ、監査もスムーズに終了した、と、いうお話がありました。皆さまへの感謝をこめてご報告いたします。

さて、第3 期講習も終わり、第二プロジェクトもちょうど半ばにさしかかりました。そこで、講習生たちの新しい職場を開拓するため、まずは、モンバサにあん摩デモンストレーションのキャラバン隊を派遣したいと考えています。

ただいま現地と日程等調整中です。次号で詳しい報告ができると思います。

 

暑さ寒さも彼岸までと申しますが、まさに自然の摂理はひとを超え、何時まで続くかと思われた猛暑も突然去り、秋の訪れとなりました。皆さま、この夏を無事に乗り切られましたでしょうか。

急激な季節の変わり目をどうぞお元気でお過ごしくださいますように。

 

先日、広尾にありますJICA 地球ひろばに第3 期ケニア講習会のモニタリング会合に出向いた折、NGO 連携課の菊池課長さんより、現地での会計検査院の監査対象にたまたま当協会の事業が取り上げられ、ICA の活動の意義、成果が大変高い評価を得られ、監査もスムーズに終了した、と、いうお話がありました。皆さまへの感謝をこめてご報告いたします。

さて、第3 期講習も終わり、第二プロジェクトもちょうど半ばにさしかかりました。そこで、講習生たちの新しい職場を開拓するため、まずは、モンバサにあん摩デモンストレーションのキャラバン隊を派遣したいと考えています。

ただいま現地と日程等調整中です。次号で詳しい報告ができると思います。

*************************************

 

      第3期ナイロビ講習会 活気と希望を抱いて終わる

                               佐藤静夫

前回、今年の3月に行われたケニア・ナイロビでの第2期講習会の手伝いに続いて、第3期のナイロビ講習会の手伝いをすることになり、ケニアに日本の文化が伝播されていく過程を少しでも見聞きしたいと思っていた私の願いがかなえられました。日本文化の伝播といえば、大げさに思われるかもしれませんが、私にはそれなりの思いがあります。

私が野生の王国ケニアにきたのは35年ほど前、草原ではライオン、サイ、キリン,ゼブラなどの大型動物を捕獲して世界の動物園に供給する動物商人が盛んに商売をしていました。当然ケニアは独立国でしたが社会システムはイギリスそのものの感じでした。 が、時代は野生動物保護、環境問題、婦人社会参加などによる世界の流れでケニアも大きく変わりました。

特に、ケニアが大きく変わったと思ったのは、ひとつの具体的な出来事を知ったときでした。それは1996年、全盲の娘さんが日本に留学したことです。電気も、水道も、テレビも、車もないヴィクトリア湖畔集落の一人の娘さんの強い向学心だけで日本留学できたのではなく、社会の仕組みの変化が彼女の追い風になり、日本の奇特な一人の使者が現れたのも時代の変化の強い追い風になり、ケニアの福祉社会の硬い窓をこじ開けるパイオニアになる素地がケニアに様々にめばえたことが彼女の日本行きを可能にしたと思ったからです。

そのバックボーンは ICA の金さんが押し進める「あん摩の講習会」の元になった留学生受け入れ事業なのです。こうして得た日本の伝統のあん摩の技術が日本とケニアの人を通してケニア社会に伝えられようとしていること、そのものが日本の文化の伝播なのだと私は思っています。

第2期のナイロビの講習会を終えて、第3 期、7月26日の初日に集まった講習生の顔ぶれはほとんど変わらなかったが、一つ大きく変わっているものがありました。みんなの表情が違って見えたことです。何か心に変化がおきている顔つきなのです。13人の講習生のうち11人は前回出席した講習生だが4、5ヶ月の間に彼らが何をしていたかが伝わってきました。

ボーとして日々を過ごしてきた人の表情ではありません。あん摩師としてどんなことがあってもこれで生活してゆこうと決心した顔つきになっていました。講習会の会期中,その一点を見ていました。

講習会は技術をチェックし修正し上手にあん摩をできるように指導する。これは会を重ねるごとに私の素人目にも全員レベルがアップしていると映りました。どんなに訓練を繰り返されても腐らず陽気に熱心に習得していく精神が彼らのあん摩師としての顔つきに変えたのだろうと思いました。皆いい顔をしています。

今回の講師は宇和野康弘さん。日本の教諭のかたがたは教えることに熱心で暇を惜しんで必要なことを教える。先生の情熱が講習生に届かないわけがありません。

みんな必死に宇和野先生の話を点字用紙に書き込んでいて、カチカチと教室に反響します。授業の内容は前回の宇和野リポートに書かれていますので省略しますが、講習会の後半の出来事で、生活文化の違いをまざまざと見せ付けられました。

午後の授業のときです。宇和野先生が治療用ベッドで仲間の体を使って筋肉のストレッチ法を教えているときでした。今まで指先に力を入れてあん摩や指圧をしていましたが、自分の体重を上手に使って指先に力を集中させる技術を指導すると、なんと足と腰がばらばらで腕力にまかせて指圧している人がいることがわかりました。

そんな人は短時間で息が上がり疲れてしまうと宇和野先生。腰を使って指先にその全身の力(体重を利用する)を集中させるのは彼らにとって初めての体験のようでした。足を踏ん張り、腰を入れて力をひとつの指先に集中させる技術は日本人にとって生活の中で自然に身につくしぐさであり、日本人が持つしぐさの文化ともいえます。これをケニアの人に伝えるのは体型的にも日常生活的にも縁遠いしぐさであることがわかりました。ケニア人は足が長くさらにX型であるので両足をハの字に構えて力をしぼり出す身体能力に弱いようです。

講習会場のリリィ・ホステルの従業員の仕事振りで見たものですが、雑巾がけの掃除のときは深く腰を折り曲げて床や廊下をなでるように拭いています。日本人のように膝を突いて全体の力を手先に集中させるような雑巾がけはしません。生活文化の違いはこのように一事が万事で、こういう習慣のなかで如何にしてケニアの技術にしていくか、これから少し頭を悩ますことになるかもしれません。

ICA の金さんのひとつの力がケニアで大きな波及効果を見せ始めています。アフリカの最初の留学生のフィリゴナさんから始まり今や20人近くのあん摩師がケニアに誕生し、一方数年前にマチャコス視聴障害者技術訓練校にあんま指圧コースが新設されたのも金さんのあん摩外交の賜物で、その訓練校の指導者として青年海外協力隊の徳永さんが二代目の講師として赴任、そこの在学生で2人の女性が講習生として参加していました。

さらに金さんが期待をしているフィリゴナさんについで二人目の日本留学生パペチュアさんは大学に入学して栄養学の勉強をしています。あん摩の技とともに栄養学を身に着けてケニアの人の健康・衛生に役立ちたいとしている。

もう一人講習会メンバーのジョスパット君はスワヒリ語と英語の読み書きを教える成人教育教師に任命されましたが、あん摩師になって教育と健康に力を注ぎたいと張り切って講習会で指導を受けています。

福祉という言葉さえきこえなかったケニアの国に時代の流れとはいえ静かな勢いで、個人の生活を大事にしながら福祉の向上に身をおくあん摩師としてこれから羽ばたこうとしている姿が見えます。

一粒の種をまいた金さんの無垢の行為からこんなにケニア人の心を動かすまでに大きくなろうとしている姿を、このナイロビ講習会で垣間見られたことに驚き、ここまで地道に運動をしてこられた金さんほか関係者の熱意がケニアと日本の架け橋の歴史の1ページにかきこまれようとしています。そこにかかわった幸運をうれしく感じています。

 ************************************

 

             ケニア報告 食べ物編

                               岡村健

一週間以上ケニアに滞在することになって、一番の気がかりは食べ物だった。日ごろから自宅で食う飯を最良とし、外食を嫌う方だ。カミさんは「向こうの食事に耐えられる訳が無いでしょう」と心配してオーガニックの即席そうめんやらみそ汁やらをせっせと取り寄せてくれた。

トランクにしこたま詰め込んで行ったが杞憂だった。使うこともなく、あちらの人に置き土産にしてきた。そうなった理由の一つはキムさんの配慮だ。韓国の人が経営するゲストハウスを捜し出し、夜はそこで食べるようにしてくれたのだ。

完璧な家庭料理。10数種類が並び、野菜も肉もご飯もたっぷり。韓国料理が大好きな僕にとってこの上ない夕食だった。

もう一つの理由は、ケニアのご飯がなかなかおいしかったことだ。昼食はあん摩講習の休み時間にYMCA の食堂で講習生たちと同じものを食べた。献立は鶏肉か牛肉などを野菜と煮込んだシチューがメインで、それに野菜を煮たり炒めたりしたもの、そしてご飯という簡素な3点セット。毎日似たようなものだが、飽きることはなかった。

思うに、一般の家庭料理とあまり変わらないのだろう。肉も野菜も近辺で取れたものばかり。それをきちんと調理してある。肉類は硬いけれども噛むほどに味が深まる。初体験の長粒米のご飯はパラパラでびっくりしたがシチューと混ぜるようにして食べるとこれはこれでおいしかった。

一度、リムルという郊外の町のレストランでランチを食べた。ここではご飯に代わって「ウガリ」というトウモロコシ粉を湯がいたものが出た。この方が普通の主食だという。牛肉シチューの汁を付けて食べる。そしてたくさんの野菜を使った一品が加わる。

こんな経験から、一般市民の食事にはとにかく豆類や穀物、野菜がふんだんに使われていることを知った。身の回りで取れる物をしっかりと食べる。昔からの食生活が維持されているのに違いない。「質実剛健」とでも表現したくなる力強さにあふれていた。

さて、飛びきりのご馳走は「ニャマチョマ」という焼き肉屋で食べた。講習を終えた日曜日に、キムさんの針治療のお客さんであるケニア政府の人が招待してくれたのである。

主役は山羊肉だ。骨付きの大きな固まりを炭火で焼いたものだ。それに塩をつけてかじりつく。素朴そのものの味わいのとりこになって、止まらなくなってしまった。ほろ酔いの体に乾いたさわやかな風が吹きつけ、しばし「アフリカの幸せ」に身を任せた。