NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信47号(2009年11月号)

                                                           

              二大目標達成にむけて

                             理事長 金治憲

不順な天候が続いておりますがお元気でしょうか?

新型インフルエンザや薬物事件、経済の悪化など暗いニュースばかりですがこのようなときこそ気持ちだけはいつも明るく持ち続けたいと思っております。

さて、今年度にスタートさせた二つの事業は前号でご報告しましたように順調に進んでいます。

今回の講習で嬉しかったことがありました。始める前にマチャコス視覚障害者技術訓練校のサヤ校長先生に「マチャコス校であん摩コースを終えた生徒の中で希望者がいれば一緒に勉強したいです」と伝えておきました。

私の気持ちとしては一人か二人でも来てくれればいいと思っていましたが、いざ会場に行ってみると6人全員が来ていました。一日二日すると、彼らはなんのわけ隔てもなく従来からの受講生たちと溶けあって、どちらが新顔かわからないほど自然な状態になり、実り多い講習会になったことです。

一方の治療院開設支援事業はもう少し時間がかかりそうですが、お互いに合意できるまで、慎重にすすめてまいります。

 

昨年来多くの方々に『盲留学生』を読んでいただき篤くお礼申しあげます。

本を書いた理由はいろいろありますが、その中の一つに少しでもICA に寄付できれば、という淡い期待もありました。活字離れとか本が売れないなどの話は聞いていましたが、やっぱり現実は厳しいものです。まだ在庫がありますので知り合いの方々にご紹介いただければ幸いです。

 

早いもので今年も「年末ご寄付のお願い」をする時期となりました。一番申しあげにくいことを敢えて書かねばなりません。

当協会は皆さまからのご寄付によって事業を展開しています。協会の目標である「一人でも多く自立できる視覚障害者を育てる」を実現するために全力投球いたします。勝手ながらいつものように全員の方々に郵便振替用紙を同封させていただきます。

1人でも多くの方々からのご支援を切にお願いいたします。向寒の折ご自愛ください。

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            二度目のケニアで感じたこと

                                青山三礼

私が、ICAの活動としてケニアに行くのはこれが二度目でしたが、その動機は前回とは全く違いました。一度目は今から三年前の11月、まだ私は大学1年で、ただ父の勧めるままに“観光気分で”ついていったように思います。

こんなことを言うのはキム先生はじめICAの方々には大変失礼ではありますが、“自ら望んで”というよりも“なんとなく”ついていったというのが正直なところでした。しかし、二度目となる今回は、父から話を聞いた途端に自分でも不思議な程「行きたい」という思いがこみ上げました。

大学4年、22歳になった私は、就職活動に失敗し、自分の進路に関して大きな迷いや不安を抱いていたせいか、ケニアに行く(NPOの活動に触れる)ということが今の自分にとってとても貴重な体験に思えたのです。この、わがままとも言える気持ちで臨む私を快く受け入れて下さったキム先生には本当に感謝の思いです。

このような、動機や意識の違いによってか、今回のケニアでの活動では三年前とは全く違った経験が出来たと、今はそう思っています。その経験であり感想を、拙い文章ではありますが、私なりに素直に記させていただきます。

自分で望んで行ったわけでしたが、実際は不安もたくさんありました。前回は常に父の後ろにいて、人とのコミュニケーションですら遠ざけようとするほど消極的だったので、今回は出来るだけ多くのことを“自分から”求めたいと考え、周りの方々にも積極的に話しかけて何でも吸収していこうと決めていました。

でもやはり、「自分のような何も知らない若者は相手にしてもらえないんじゃないか」という思いはぬぐいきれず、不安を抱えていましたが、キム先生、宇和野先生、森山さん、岡村さんの4名の同行者の方々は、そんな私の不安を一気に吹き飛ばすくらい私を温かく迎えて下さり、優しく接してくれました。

そしてそれは、ICAの生徒達や、ゲノさんはじめスタッフの方々も同じです。目の見えない生徒達は、私が話しかけると必ず笑顔で明るく答えてくれました。それもあってか、私は自分の英語力の乏しさを心から痛感しました。

もっともっと聞きたいこともありましたし、私について知ってもらいたいこともありましたが、私にはその表現する力も聴き取る力も足り無さすぎたのです。ICAの活動の場以外でも、今回の旅の中で、「英語が話せるようになりたい」と思った瞬間はたくさんありました。ホテルでも、タクシーでも、色んな人と話がしたくて、その度に悔しい思いをしたことを覚えています。

日本にいる時は、見ず知らずの人と会話をするなんてことはとても有り得ないと感じるのに対して、ケニアではなぜこんなにも、ただ道ですれ違うだけの人とでさえも、話がしたいと感じるのでしょうか。

私なりに考えた結果、最もらしい言い方をするならば、「異国の文化・価値観に触れようとして無意識的に体が反応する」という表現が頭に浮かびました。

私の場合、こんな立派な表現は合わないような気もしますが、それに近い現象が、実際に海外(ケニア)で起きていたのは事実です。そしてそれは今までの私には無かった初めての経験であって、少なからず私を変えました。それを証明するように、日本に帰ってから、街で外国人を見かけると「話しかけたい」とそう思うようになりました。

しかし、やはりそこで自分の英語力の無さという壁に当たり、またしても悔しい思いをするのが現在の私です。

私は、実のところICAについて、キム先生の活動についてほとんど知りませんでした。せっかく連れて行っていただくのにそれでは本当に何もお手伝いも出来ず、ただただ足手まといになってしまうだけであると思い、両親からもらったキム先生の『盲留学生』だけはしっかり読んで少しでも理解していったつもりでした。

キム先生のこれまでの人生を知り、大変感動して「私もこの旅では何かICAの活動のお役に立ちたい」と意気込んで現地(主にケニアのYMCA)での活動に参加していましたが、私はこんなにも無力感を感じることになるとは思ってもみませんでした。先ほどの英語力の問題もあり、本当にただ講習会を見学しているだけであったとそう痛感しています。

もちろん、私にはあん摩やマッサージは出来ませんし、技術的な貢献が不可能なことは分かっていましたが、自分は、必死で学ぼうとする生徒達の精神的な支えとなるような働きが何か出来るのではないかという、漠然とした恥ずかしいほどの自惚れを抱いていました。しかし、私が生徒達を見ていて思ったのは「皆、私とは比べものにならないほど、自分の人生であり目標を見据えて生きている」ということでした。

仲間と本当に楽しそうに笑い合ったり、また、時には現実的な今後の将来(治療院開設に伴い自立していくこと)を本音でしっかりと述べ合ったりしている彼らを見て、私は素直に「私なんかより遥かに立派な人達だ」と尊敬し、改めて私自身のこれまでの人生の“中身の無さ”を実感しました。

これまで、好きなことばかりやってきた私は、人生の目標であり、自分の進路とは何かを探そうとケニアに来ましたが、彼らを前にして、そんな私の悩み・迷いは本当に贅沢なもののように感じられたのです。

今ようやく人生のスタートラインに立ちかけたようなもので、これまでの人生がとことん甘えばかりのお気楽なものであったことが、私に大きくのしかかりました。そのような、これまでの人生を改めて反省する思いを抱くと同時に、これから自分が考える・立ち向かうべき人生の設計というテーマを前に、大きな焦りとプレッシャーを強く感じることとなり、私にとって強烈な刺激となったことは間違いありません。

とにかく「動きだそう!」「動き出さなければ!」と、そう思えたのでした。

私にとってケニアでの活動における目標は「積極的に自ら」というものでしたが、それが全く果たされずに終わろうとしている中で、「彼らのために出来ることを一つでも良いから、したい」という強い想いが私の中にありました。

思い切ってキム先生に「彼らに歌のプレゼントがしたい」と自分から申し出ることが出来たのは、ささやかなことではありますが、私にとって一歩前進であったのかもしれません。

それから、『上を向いて歩こう』をたどたどしく英訳し、密かにホテルで練習していましたが、その時私が感じていた「彼らは喜んでくれるだろうか」「きっと喜んでくれるに違いない」という思いは、実は私が今まで感じたことのないものであった気がします。

私の歌を聞いて彼らはとても喜んでくれました。私はそのことに感動し、喜びました。この“単純なようなこと”が今までの私にはほとんどなかったとそう思い、ハッと大事なことに気付いたような気がしたのです。

私には、「誰かのために、誰かの喜ぶ姿を想像して、何か自分から働きかける」という経験が本当に見あたらないことを知りました。そしてそのことが、これから人生について考えていく上でその方向を大きく左右するであろうと、無知な私なりに感じ取ることが出来たのです。

このようなことを書いていると、まるで自分が立派になったような気がしてしまいそうになりますが、おそらく他の人はどこかでこのように「他人を思って行動する」ということを幾つも経験(体験)していて、私が単純に“中身の薄い”人生を過ごしてきただけにすぎません。しかし、このことに“今”気付けて良かったと、本当にそう思います。

ここまで、長々と、ケニアで自分が感じたことを、まさに自分中心に脈絡無く書き綴ってしまったような気がします。そのことが示すように、私は自分のことばかりで、まるでICAやキム先生のお手伝いとなるような結果は残すことが出来ませんでした。申し訳なさと恐縮の思いは本当に感じています。この場を借りてキム先生はじめ全ての方に申し上げさせていただきます。すみませんでした。

同時に本当に「ありがとうございました」と伝えたいです。私は、結果的に本当に多くの「新たな経験(体験)」をすることが出来ました。

英語力のことも、誰かのために動こうとすることも、日本でいつものように夏休みを過ごしていては絶対に得られないことを、得ることが出来ました。もちろん、思うだけでは何も結果は変わりません。まだまだスタートラインに立ち始めたばかりです。それでも、今は希望を持って自分の進路と向き合い始めているような実感があります。

今、私は「海外ボランティア」にとても強い関心を抱き、少しずつ前進しているつもりです。そのきっかけとなったのが「誰かのために動きたい」というケニアでの体験であることは間違いありません。おそらく、これからまだまだ多くのこと(英語はもちろん)を勉強して、体験して、少しずつ人生を考えて作り上げていくという、とても長い道のりであろうとは思いますが、そのきっかけ・始まりが今回のケニアであったと、今は本当にそう思っています。 

改めて、快く迎えて私と共に過ごして下さった、キム先生はじめすべての方々、そしてケニアの生徒達に心から感謝します。また、私をこのような素晴らしい機会に巡り合わせてくれた父と、それを応援してくれた母に、本当に感謝しています。

本当にありがとうございました!!!

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三礼君には、臨時の手引きや、講習中には、わからない単語が出てくるたびに辞書ひきや、机運びや、実技の際は患者役などお願いして大変お世話になりました。ありがとうございました。

この通信が今年の最終号です。少し早いですが、皆さまよいお年をお迎えくださいますように!   

                               (事務局)