NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信38号 (2008年5月号)

     ケニアへの第2プロジェクトとさらに会員増を目指して

                               金治憲

 

今年の五月は気温差の激しい月でしたが、皆様お変わりありませんか。

ご承知のようにケニアでは昨年末行われました大統領選挙をめぐり多くの犠牲者が出、混乱も長引きました。その結果、協会では安全を第一に考え、残念ではありましたが、現地でのあん摩講習会を中止せざるを得ませんでした。

振返ってみますと昨年度は、ケニア第2プロジェクト用の教材作成(継続中)と、JICAとの交渉に明け暮れた1年でした。今年4月にようやく事業提案書の申請が受付けられました。

今年度はケニア第2プロジェクトのための準備と現地での講習会実施に万全を期すべく努力いたします。ケニア第2プロジェクトとは、講習生たちから要望されている、あん摩に係る理論と応用あん摩の講習を3年計画で行うことです。さらに、現在、マチャコス視覚障害者技術訓練校あん摩科で、JICAの青年海外協力隊員がインストラクターを務めていますが、協力隊員の任期は2年と限られているので、できれば訓練校のインストラクターも養成したい、と考えています。

今年度、もう一つの目標は、会員増です。私は一人の方から多額の援助をいただくことも大変ありがたいのですが、できれば一人でも多くの方々がこの活動の意義を理解され協力くださる方がもっと嬉しいのです。そういう意味で、昨年度から2年計画で会員増を目標に掲げました。残念ながら昨年度の成果は、はかばかしくありませんでしたが、今年度こそ頑張って大きな成果を得たいと思っています。皆様にも折にふれ、いろいろとお願いすることもあろうかと思います。その節はどうぞよろしくお願いいたします。

 

昨年度の収支計算書を、最後に掲載しております。ケニアでの講習会を中止したため少し余裕があるように見えますが、今後3年間事業を実施していくためには、より多くの方々からのご協力が必要です。巷では石油価格の暴騰、それに伴う生活必需品の値上げラッシュで、皆様の生活も楽な状況ではないと思います。

このような時にご寄付をお願いするのは大変心苦しいのですが、協会の目的を達成するため、ご協力いただけますよう重ねてお願いいたします。すでに、今年度のご寄付を寄せていただいた方もいらっしゃいますが、事務処理上、全員の方に振替用紙を同封させていただきました。

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              荒木久子さん逝く

悲しいお知らせです。前号まで、自身の「癌との付き合い」を連載されていた当協会の理事、荒木さんが去る5月21日午前2時に永眠されました。

22日午後6時からカトリック志村教会でお通夜とお見送り会が密葬で行われました。密葬にもかかわらず生前の友人、知人の方々が駆けつけてくださり故人との別れを惜しみました。

荒木さんは1993年2月1日、管理人として事務局に入り、KF会館に住込みながら、昼は事務、朝夕は盲留学生たちの食事や生活一般の世話をしていました。昼夜を問わず献身的な働きでした。

日本に来たばかりの学生たちは習慣も違うし言葉もよく通じないので大変です。でも日を追うごとに彼らの日本語が上手になり、話す内容もより具体的になっていきます。私もできるだけ昼食を一緒にしながら手伝うのですが、2ヵ月もすると留学生達から日本語の冗談も飛び出すようになります。こうなると我々の負担も軽くなり辛さより楽しさの方が多くなります。

亡くなる前、荒木さんといろいろ話し合いました。航空会社の手違いでホテルが取れなくなり、やむなくムンバイの空港ロビーで夜を明かしたこと、ドイツで寒い冬の夜、食事をしようとでかけたものの、道に迷い暗い工場地区に迷い込んで困ったこと等々。

 

荒木さんが一番印象に残っているという思い出話を一つ紹介しましょう。

1994年だったと思いますが8月にインドネシアに行った時の話です。

日本に帰る前の夜、毎日辛い料理ばかりで胃袋もかわいそうだから、今日は和食にしようということになり、近くのサントリーという大きな日本料理店を紹介されました。高層ビルのワンフロアーを使った開店したばかりの大きな店で私たちが行った時、店内は閑散としていました。彼女はもともと美食家なので鮨をとりました。

ところが翌日、朝から熱は出るし、お腹は痛むという大変なさわぎになりました。当時インドネシアからの盲留学生は3人でした。3人全員が集まって彼女の足や腕をそれぞれに揉んでくれました。女子学生は自分の家で何日か治療してから帰るように勧めてくれました。しかし彼女は一刻も早く日本に帰りたいとのこと、この時ばかりは私が手引きをして日本に帰り着つきました。

彼女曰く、「私は子どもがいないせいか、3人が一斉に飛びついて手足を揉んでくれた時、彼らの誠意が心底うれしかったのです。辛かったこともあったけど、多くの盲留学生達に出会ってほんとうにやりがいのある仕事だった、でも、やはり若かったからできたと思う」と。

振り返ってみると荒木さんがいたから一年に4,5人の盲留学生を受け入れ立派に学業を修め帰国させることができたと思っています。

70歳を過ぎたら、かつての盲留学生達を訪ねて行脚しようと約束したのに・・・死は誰にとっても一番公平なことだとは思いますが、如何せん早過ぎました。

15年余の永きにわたり、公私ともども、ほんとうにお世話になりました。

ありがとう、荒木さん!

これからも、あなたのことを思い出しながら事業を行っていきます。天国から見守っていてください。心からご冥福をお祈りいたします。 

                               (キム)

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               事務局から

荒木久子さんの逝去にあたって、荒木さんへの追悼文、荒木さんとの思い出など皆様からお寄せいただき、次号の『あいか通信』に掲載させていただきたいと思います。短くても長くても、メール、郵送、FAX、点字でもかまいません。お一人でも多くの方にお願いいたします。どうぞよろしく。

皆さんのご家庭で引き出しなどに眠っている書き損じの葉書や年賀状がありましたら事務局までお寄せください。切手に換えることができます。 

『あいか通信』の郵送などに役立てています。

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平成19年度 特定非営利活動に係る事業会計  収支計算書

平成19年4月1日から平成20年3月31日まで                 特定非営利活動法人 視覚障害者国際協力協会

 

I 経常収入の部

 

 1会費収入

 2寄付金収入

 3雑収入

110,000

1,263,500

7,599

 経常収入合計

1,381,099

Ⅱ経常支出の部

 

 1事業費

 2管理費

23,628

817,782

 経常支出合計

841,410

経常収支差額

539,689

当期収支差額

539,689

前期繰越収支差額

990,600

次期繰越収支差額

1,531,289