NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信4号(2002年9月)

               盲学校を見学して

                         名古屋市  青山 章行

 42日、ジャカルタ市内にある国立盲学校を訪問し、多くの方々からの歓迎を受けました。学校の名称は「SLBB-A」といい、1981年に設立されました。英語教師のバンバン先生が、我が金治憲さんと久々の対面を喜び合う様子は、ほほえましい限りでした。10人を超える先生方が心をこめて私共との懇談の相手となり、情報交換に応じてくれました。また授業中の各小教室をはじめ、学校内の諸施設も案内してくださいました。

 ICA治療院のアグスさんは、この学校の卒業生であります。平成9年3月に宮城県立盲学校を卒業して帰国し、習得した技術を生かして、今はジャカルタICA治療院で働いておられます。彼の流暢な通訳によりこの学校について、詳しい話を聞くことができました。

 現在、幼稚部から中学部まで58人の生徒が修学しています。幼稚部は5人、小学部は40人、中学部は9人、技術指導科は4人です。

先生の数は40人で(そのうち障害者は8人)、12名のスタッフと共に生徒指導にあたっています。大変恵まれた指導体制です。

 ある小学部の教室ではそのとき2人で算数の授業をしていました。中学部は工作の時間で、籐の手工芸細工に取り組んでいました。音楽科では卒業生も交えてドラムを叩き若々しい歌も聞かせてくれました。指導者が少なくクラシックは教えられないとのこと。また狭き門ながら将来音楽で身を立てたいという願いを持っています。中学になると職業科目が多くなり、技術指導が中心の授業になるそうです。

 専門のコースとしては5つ用意され、音楽科、マッサージ科、農業科、家庭科(手工芸や料理等を指導)、オペレーター科があります。オペレーターは、電話オペレーター(事務職)が主との由。バンバン先生の言われるには、「インドネシアではまだコンピューターがぜいたくな物と考えられている。現在、障害者でPCオペレーターになっている人は数が少ないが、他の財団にいることはいる。」という状況だそうです。

 なおこの学校にはノルウェーから点字の印刷ができるコンピューターが贈られており、オーストラリアからのものも合わせて、合計20台が設置され活用されていました。

 マッサージ室は設備が十分整わず、指導も含め今後に期待されているところが多いようです。国全体の社会経済事情が反映し、はり、灸、マッサージの技術は、一般の需要としてはまだ十分成熟していないように見受けられました。

 ところで政府は視覚障害者の教育として、盲学校としての専門教育か、または普通の学校における統合教育のどちらかを選択してほしいということですが、現状から見て盲学校のほうが、勉強しやすいようであります。 全体をくまなく案内されて、随所に修理を必要とする箇所が見受けられました。

 予算不足が課題であることも察知できます。しかしながら中庭の豊かな緑の中で、多くの先生がたの愛情に包まれて、生徒達の顔つきは生き生きと輝いているように思われました。

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6月16日に行われた“インドネシア「あいか治療院」に関する報告会”では3名の方々から報告がありました。以下に概要を発表の順に記します。

《プトゥルさん》

 私は都立文京盲学校に在学中で理療科3年です。

 インドネシアでは視覚障害者は珍しくなく、私は高校卒業後篤志家の援助で大学を卒業出来ましたが、大半の人は家計が苦しく、また機会も無いため高校卒業が出来ればいいほうです。

 視覚障害者の多くは勉強しても何の役にも立たない。それよりも宗教などの援助により、金や物資を得て生活したほうが良いと考え、中には町で物乞いをして生計を立てているものもあります。仕事を持っている場合も、約50%はマッサージに従事しています。

 政府も基礎教育施設と技術教習所を設けていますが、卒業後の仕事のことはあまり考慮してくれていません。

 このような状況下でこの会のような事業が大きく発展して、視覚障害者のため貢献することを希望します。

私も日本の盲学校を卒業したら、この会を手伝って視覚障害者のために努力したいです。

 

《細川 敦子さん》

 私は協会の事業に賛同し協力している者です。

 この度インドネシア治療院開所式に出席するためジャカルタに行ってきました。その際、ジャカルタの盲学校を訪問しましたので感想を述べます。

 同校は幼稚部から中学部までありますが、授業料が比較的高額なため誰でもが簡単に進学できるとは思えません。

宗教教育は各宗派別に行われているのが特徴的です。

教材は学校内で外国援助による点字用の機械で作成していました。

 一般教育のほか技術研修として、手工芸品の作成や音楽教育を実施していました。特に音楽教育は、プロとしてレストランなどで演奏することを目指していました。マッサージも技術指導をしていましたが、卒業後その技術を生かせる方策までは確立していないようでした。

 盲学校側から当協会と協力して活動したい希望が述べられました。

 協会の活動も直ちに多大の成果を挙げることは困難ですが、現地と協力し着実に活動していって欲しいと思います。

 

《賀川 友吉さん》

 私は数県の盲学校に教員として永年勤務した者ですが、当協会の事業に賛同し、定年退職を機に、残る人生を世のために尽くしたいとの思いから先般私財を寄付し、インドネシア治療院を立ち上げました。

 場所はジャカルタの日本人居住地に近く閑静な住宅地にあり、約90坪の敷地に60坪の家屋が建っています。20007月に開設され、現在治療には2名が従事していますが、まだ営業成績は芳しくありません。将来は従業員も増員するとともに、治療だけではなく現地の盲人に治療技術や日本語の研修も行う拠点にしたいと考えています。

 今大地に種が蒔かれたばかりでありますが、良い人材を得て大きく育っていくことを希望します。皆様の物心両面のご援助を切にお願いします。 

 

**お知らせ******************************

☆前号で今年度の会費のお願いをしましたところ、さっそく多くの方々よりお心のこもったご厚志をお寄せいただきました。心より感謝いたします。引き続きのご支援をお願いいたします。

☆この度、「あいか通信」が障害者団体定期刊行物として、平成148月5日付けで差出郵便局長より「低料第三種郵便物差出承認書」を受けることが出来ました。これには特定非営利活動法人障害者団体定期刊行物協会のご協力により、行政当局、東京都郵政局、差出郵便局を経て承認されたものです。これにより「あいか通信」の発想費用が軽減されます。また体裁が今月号より少し変わり奇数月の発行となります。

 

☆前号に掲載しましたフィリゴナさんからの要望に応えるべく現在準備中です。