NPO法人 視覚障がい者国際協力協会(ICA)

視覚障がい者の自立を目指して

あいか通信97号 2018年3月号

 

             お花見はいかがでしたか

                            理事長 金 治 憲

 全国的に例年より10日も早く開花した桜は、東京では既に散り終わったようです。北日本の方でも早い開花が予想されていますが、皆さまのところではいかがでしょうか。

 先日、青年海外協力隊員としてケニアでの2年間の任務を終え、昨年12月に帰国された石島裕太さんに『あいか通信』への寄稿をお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。ケニアでお話しした時に、是非お願いしたいと思っていたのです。原稿が届きましたので、早速、第1回を掲載します。以後、何号かにわたって掲載する予定です。若いエネルギーをお裾分けしていただきましょう。

 2度までも隊員としてケニアに赴かれた経緯や、期限を切られているなかで成果を期待される厳しさなど、ケニアでの活動がつぶさに報告されています。

 ( なお、石島さんは『あいか通信』No.89, 2016年11月号に登場しています。またNo.92, 2017年5月号、ASAAVIKの治療院オープンと、No.96,2018年1月号の国際文化祭でのデモンストレーション、其々の集合写真にも登場しています。

 ここでお詫びですが、その3か所で、お名前を「雄太さん」と、間違えて表記しています。正しくは、「裕太さん」です。申し訳ありませんでした

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  ケニアにおける、青年海外協力隊としての、

  視覚に障がいを持った方々に対する指圧・あん摩技術による自立支援について

 

            青年海外協力隊(職種:鍼灸マッサージ師)石島裕太 

                  派遣期間:20159月から201712             

                はじめに

 私は青年海外協力隊(以下、協力隊)として約2年の間ケニアに住み、視覚に障がいを持ったケニア人に対し、指圧・あん摩の技術教育を通して自立促進のための支援を行ってきました。今回はその中で私の活動内容や現場で見た現状、私自身が感じたことを報告させていただきたいと思います。

 まず初めに協力隊について説明をしたいと思います。協力隊とは独立行政法人 国際協力機構(以下JICA、英名:Japan International Cooperation Argency)から派遣されているボランティアのことを指します。それぞれの協力隊は世界各地の発展途上国へ行き、原則2年間その土地に住み、現地の人たちと共に生活をし、共に働き、その地域やそこに住む人々、またその地域にある組織の抱える問題の解決を目指し活動をします。派遣地域はアジア、アフリカ、中南米など様々です。活動分野も保健、医療、福祉、教育、収入向上とこれもまた様々です。

 私はまず初めに、2005年7月、当時は理科の先生として協力隊へ参加し、ケニアへ派遣されたことがこの国との初めての出会いでした。ケニア国内各地にはそれぞれの専門分野で活動する協力隊たちがいましたが、その中にマチャコスという地域で視覚障がいを持った生徒に指圧・あん摩を教えている協力隊がいました。その際、文化や生活習慣が違う土地であっても、また道具や電気などいろいろなものがない土地であっても、体一つでできる技術である指圧・あん摩に大変興味を持ちました。日本にいるときは全く興味を持つことのなかったこの仕事に出会わせてくれた土地がケニアだったのです。

 協力隊としての活動を終え、帰国した後は鍼灸や指圧・あん摩の国家資格を取るため専門学校へ入学し、資格を取り、日本で働いていました。日本で働きながら技術を磨き、日々患者さんのお体と向き合うことにやりがいを感じて過ごしていたとある日、ケニアでの鍼灸マッサージ師としての協力隊における募集があることを知ります。そういった経緯で、2015年9月に再びケニアへ協力隊として、今度は指圧・あん摩技術での支援を行うために旅立ちました。私にこの仕事の素晴らしさを気付かせてくれた土地で恩返しがしたいという気持ちが今回再度協力隊へ参加した動機でした。

 再びケニアへ旅立つ際、「後悔しないように100%妥協しない活動をしてこよう」と心の中で誓ったことを覚えています。

 

          指圧・あん摩における支援活動の背景

 ケニアには日本に留学し指圧・あん摩を学んだ者と、NPO ICAが行ってきた指圧・あん摩講習会でトレーニングを積んだ者と、過去に派遣されていた3名の協力隊から指圧・あん摩のトレーニングを受けた者が、すでに指圧・あん摩技術で働いている状況でした。日本からケニアに対しての指圧・あん摩技術支援の目的は視覚障がいのある人々の自立なので、彼らは皆、視覚に障がいを持っています。3名の協力隊たちはみなマチャコスという地域(首都のナイロビからバスで1時間半ほど)のマチャコス視覚障がい者技術訓練専門学校(以下、マチャコス学校)で教育をしていて、当初私はその学校へ4代目の協力隊として派遣される予定でした。

 しかし事はそうスムーズに運びませんでした。私がケニアへ飛ぶ直前に、JICAケニア事務所から連絡が入り、活動任地の変更を言い渡されます。マチャコスという地域で日本人や外国人を狙った空き巣事件が頻繁に起こり治安が悪化した、ということが理由でした。結局私はマチャコスという地域からオユギスという地域へと赴任先が変わり、今まで協力隊が入ったことのない学校で0から指圧・あん摩コースを立ち上げ、視覚に障がいを持った生徒に対し教育をすることになりました。 

 

     

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        シクリ視覚聴覚障がい者技術訓練専門学校の校庭

 

 実際に任地へ赴任してみるとオユギスの中心街からは5キロも離れたところに学校があり、首都ナイロビからではバスで7時間もかかるところでした。とてものどかな場所なのですが、こんな田舎で指圧・あん摩技術は受け入れられるのかな、と不安にもなりました。

 

             まず初めに行ったこと

 私はオユギス地域にある、(以下、シクリ学校)へ配属され、この学校内にある教員宿舎(長屋)で暮らすこととなりました。

 

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            学校の敷地内にある私の自宅
 

 任地に赴任したはいいものの、ここにはまだ指圧・あん摩コースがないので、私の生徒はいません。それどころか、指圧・あん摩という技術について知っている人が、一般住民の中だけでなく職場の同僚の中にもほとんどいませんでした。ケニアではいわゆるオイルマッサージは都心に出れば行われているのですが、服の上から行う指圧・あん摩のことを知っている人はまだまだ少ない状況です。しかもこんな田舎では知っている人がいなくて当然です。早速、0から始める活動の難しさにぶつかりました。しかし私の任期はたったの2年で、途方に暮れている暇はありません。

 任地に着いてまず始めた活動は主に2つあります。一つは同僚や地域住民に対し私自身が指圧・あん摩を行いながら、私がこの土地に何をしに来たのか、指圧・あん摩という技術とはどういったものなのかを説明して回るとともに、指圧・あん摩という技術がこういった田舎でもビジネスになり得るのかを自分の腕で確認して回りました。もう一つの活動はケニア国内にいる指圧・あん摩師たちの現状を把握し、シクリ学校での自分の生徒に対する教育方針を組み立てることです。今考えると活動当初、ケニア国内を回りいろいろな指圧・あん摩師に会い、ネットワークを広げていったことはケニアでの活動の幅を広げるよいきっかけにもなりました。

                                                                                                               (つづく)